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冷蔵庫内の製氷機が氷を落とす音がした。
真夜中並みに静まり返った玄関で、私はなんとか息をしていた。
「……いいのか? 本当に」
亜希良くんが本気のトーンで私に聞く。私は電気ケトルみたいに頭から湯気を出した。
「は、はい……。亜希良くんさえ、嫌じゃなければ……」
「俺は別に……」
亜希良くんの声が小さくなった。
「お前が嫌じゃなければ……俺はいいけど」
「えっ?」
顔を覆っていた指先が思わず丸まって、目の下でグーになる。上目遣いでそっと見上げると、亜希良くんは照れたように目を逸らした。
その首元が赤くなっているのを見たらなんだかキュンとして、ますます胸がドキドキしてきた。
亜希良くん、嫌じゃないんだ……。
「練習……するか?」
「う、うん」
緊張しながら頷いた私の両手首を、亜希良くんがそっと掴んだ。
結んでいた紐を解くように私の手が優しく左右に開かれていき、亜希良くんの色っぽい美人顔がその隙間からゆっくりと迫ってくる……。
えっ、ちょっ、待って!
「こ、ここでっ⁉︎」
もういきなり⁉︎ とびっくりして声を裏返すと、亜希良くんはハッと我に返ったように辺りを見回した。
私たち、まだ玄関にいます……。
「そうだな。リビング行くか」
「あっ、亜希良くんっ」
「ん?」
リビングに移動しようとした亜希良くんを慌てて引き止める。
「土足で玄関マット踏んでます」
「……あ。悪い。後で掃除する」
亜希良くんはどうやら靴を脱ぐのを忘れていたらしい。急いで靴を脱いで丁寧に並べる亜希良くん。
彼がこんなド天然な失敗をするなんて信じられない。
もしかして……亜希良くんも緊張している?
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