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穂乃果もちゃんと分かっている。
別に離れるわけじゃない。恋人はこのまま継続していくし、どこかに行くわけでもないけど、寂しい。
「観覧車、乗ろうか」
冬の遊園地は寒くて、陽の当たっている時間も短い。夕暮れがすぐに迫ってくる。
最後に綺麗な景色を見て、いつもの穂乃果の家に戻ろう。
夕飯を作って、学校では考えられないくらいベタベタして、たくさんキスがしたい。
それができるのは今しかないから。
「はい」
頬を染めた穂乃果の冷たい手を優しく包んだ。
その時だった。
後方でカンッと空き缶が地面に跳ねる音がして、「あわわっ」という少女の慌てる声がした。
振り向くと、そこには亜希良にとって驚きの人物がいた。
「舞香……?」
「あっ……。見つかっちゃったあ」
あははは、と笑ってごまかそうとしている少女は、二つ年下の仮の妹、舞香だった。変装なのか、頭には編み込みの紐がついた黒いニット帽を深く被り、スカジャンにショートパンツ、ニーハイソックスという若さいっぱいの服装をしている。
「どちら様ですか?」
穂乃果は驚いて目を丸くしている。舞香のことは、いや仮の家族三人ともについて、穂乃果には一度も話をしていなかったから彼女が驚くのも無理はない。
「……妹」
「えーっ⁉︎ 亜希良くんに、妹がいたんですか⁉︎」
「初めましてえ」
舞香はこの時を待ってましたと言わんばかりにこっちにやってくる。
これで紹介しないわけにはいかなくなった。
「完璧な兄の妹、舞香です〜! 以後お見知りおきを!」
「……見知らなくていい」
「冷たいことを言わないでよ、お兄ちゃん。彼女には優しいくせに」
「余計なことを言うな。帰れ。……っていうか」
まさか。亜希良の背筋に嫌な汗が落ちる。
「お前、朝から俺たちのことを見ていたんじゃないだろうな?」
「ぎくっ」
ニット帽の紐をいじって目を泳がせる仕草は図星を思わせる。
「だから朝からいなかったのか。先回りして尾行してたな⁉︎」
「だってえ、気になって仕方なかったんだもん! お兄ちゃんの彼女に会ってみたかったんだもん! どんなデートするのか見てみたかったんだもん!」
開き直りやがった。最悪だこいつ。
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