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プロローグ
トトトト、と一定のリズムで野菜を刻む音が聞こえる。
お母さんが帰ってきたのか。
私は寝ぼけた頭でそんなことを思った。
ほのかに漂うスープの匂い。温かそうな湯気が鍋からもくもくと立ち上るのを想像し、頬が緩む。
ちゃんとした手料理なんて久しぶりだ。
出来上がるまで、もう少し寝ていてもいいかな。
枕がわりにしていたクッションを抱き寄せて、私は二度寝の体勢をとった。
……でも、待てよ。
うちのお母さん、こんなに上手に包丁使えたかな?
バリバリのキャリアウーマンで、料理はほとんどテイクアウト、洗濯ものは洗濯後とは思えないくらいぐちゃぐちゃに畳み、掃除は埃が目立った時にちょっと掃除機をかけるくらいの、家事全般ダメだった人のはず。
それに、たしかお母さんはパリに三ヶ月間出張に行くって……昨日の朝、既に日本を発っていったと思うんだけど。
片目だけそっと開けてみる。
いつものリビング、いつもの二人掛けのソファー。その上でダラダラと寝ている私の正面にあるカウンターキッチンに──彼がいた。
「目が覚めたか、大下穂乃果」
見慣れない菜切り包丁を片手にこっちを見たのは、間違いなくクラスメイトの男子、葛城亜希良だった。
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