騒がしい年明け

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   わいわいと試合の結果をあーでもないこーでもないとちょっと大きくなった声で喋る集団を見て(昔はこんな光景の中にいた)と佐藤さんは思った。  昔。まだ若くて現役バリバリで親睦会で盛り上がった頃。いつの間にかうすぼんやりとした記憶の一部として自分から遠ざかってっいったもの。 (あの頃は啓子もまだ元気で、酔っぱらって帰るとよく怒った……) 賑やかな声の中に妻の声が蘇ってくる。自分の体を心配しながら先に旅立ってしまった愛しい妻…… 『もう! こんなに飲んじゃダメ。さ、寝るならお布団に行って。ほら、早く』  若かりし自分は、その手を引いて酒の匂いを漂わせたまま妻の唇を貪った…… 「佐藤さん、大丈夫ですか?」  優しく声をかけられて、夢の中から ”今” へと戻って来る。 「あ……ぼんやりとしてました」  相手は長身の若い男性だ。 「酒飲みの特権ですよね。起きながら夢を見れる。たまにそんないい酔い方をすると気持ちがあったかくなります」 「あなたは?」 「一ノ瀬です。あちこちで『リオ』って聞こえたらそれ、俺のことです」 「一ノ瀬さんはお幾つですか? 若く見えますが」 「34です。この中じゃ一番若いかな」  話しながら酒を注いでくれた。これもほんの少しだ。 「みなさんのお気遣いが嬉しいです」 「そうですか? 揉まれてるんですよ、みんな。まるで運命共同体のようにいろんな経験を一緒にしてきた。俺もね、助けられたんです、ここのみんなに」 「どの人もそう言う……それは蓮ちゃんの力なんですか?」 「力と言うより……蓮ちゃんもジェイも待ってくれるんです、こっちが話し出すのを。見ててくれる。それが有難くて」  リオの中で、あの焼き鳥屋に連れて行ってもらった数日間は決して消えない。 「お付き合い、長いんですか?」 「俺は浅いです。12年かな? 足向けて寝れないです、俺も兄も。けど蓮ちゃんたちの中じゃもう終わったことにしてくれていて。いつまでも『してもらった』っていう気持ちの中にいなくって済むんです」  佐藤さんは蓮を目で追った。「もういい」というのを追い回されて酒を注がれている。ジェイは、と見ると、さっきの『花さん』という人と喋り込んでいる。時たまそのそばを通る人はジェイの頭をくしゃっとかき混ぜていく。 (待っていてくれる……いつまでも『してもらった』と思わなくていい……) そんな人間がいるのか、と不思議になる。  リオの隣にもう一人座り込んだ。さっきの『春乃薫』の一升瓶を掴んできている。だがよく見ると、もう底に2センチほども無い。 「田中です。向こうから分捕ってきました。最後、少しですが飲みませんか?」 (私のために持ってきたんだろうか) 「いただきます」  そんな言葉がまるで自分じゃないように遠慮も無く素直に出た。グラスを傾ける。透明な酒が美しい。 「最後なら味わって飲まないと」  そう言ってゆっくりと口に含んだ。 「ああ……美味しい」 「良かった! 俺は今日、もう飲めないんです」 「どうしてですか?」 「明日は女房の実家に行くんで、二日酔いすると怒られます」  佐藤さんの鼻の奥をツンとしたものが通り過ぎていく。 「それは……大事にしてあげてください。女房の言うことは聞くもんです」  田中は笑った。 「その通りですね! 女房族の横暴にも耐えなくちゃらない」  今度は佐藤さんが笑う。 「女房ってのは理不尽なものです」 「ババ抜き大会、始めるぞ!」  哲平の声が響き渡る。 「ババ抜き、ですか?」 「行きましょう、何か景品が出るかもしれない」 「いや、私は」 「全員参加ですよ」 「全員って、私は」 「もちろん入ってますよ、ここにいるんだから」  小さなグループに分かれた。子どもたちも参加だ。台所から女性たちも来て本当に全員参加。  佐藤さんのいるグループは、あの男性顔負けの ”ありささん” という人と、小さな男の子と女の子、それに浜田と知らない男性の6人だ。  カードが配られる。自分だってババ抜きがどういうものかくらいは知っている。これをどうして大人が楽しむのだろうか。 (そうか、子どもたちのためにみんなで遊んでやるんだな) そんな風に思ったのだが。  
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