騒がしい年明け

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   ここの大人たちは子ども以上に本気だった。カードが配られた時には牽制のやり取りが始まっていた。 「石尾くん。持ってるでしょ」 「な、なにを?」 「あら、ババよ、ババ。私のことじゃないわよ」 「そんな、滅相も無い! 縁だろ、持ってるの!」 「ねぇ、勝負すれば分かるんだから今から切羽詰まんないでよ」  縁という子の方がよほど冷静だ。ところでババは佐藤さんの手にある。  カードを引く順番は、佐藤さん、浜田、三途さん(みんながそう呼ぶので分かった)、石尾くん、桃香(ももか)ちゃん(翔の長女)、縁だ。  全体のムードが盛り上がり過ぎていて、だから軽く佐藤さんも興奮状態になっている。佐藤さんの手札が一番多い。  浜田がババの隣を引いた。ドキドキする。 (こんなゲームだったか?) そう思うが緊張感が半端ない。 「浜ちゃん、持ってる?」 「持ってない!」 「あら、残念」  そう言いながらしゅっとカードを引いていく。石尾がありさのカードを引こうとした。 「それ、ババ」 「え?」  慌ててその隣のカードを。 「それもババ」 「ええ!」  そしてその隣。 「それもババ」 「えええ、三途さん、嘘ばっかり!」 「私を嘘つき呼ばわりしたのはあんたが初めてよ」 「そんなぁ」  石尾は一番最初に引こうとしたカードを取った。 「嘘じゃないですか!」 「あら、そうだった?」 (私の手元にあるよ、気の毒に) なんとなく佐藤さんにも(三途さんは厄介な女性)という認識が出てきた。  それから二巡ほどはたいして変わりも無く進み、三巡目にして均衡が破れた。浜田が佐藤さんからババを持って行ったのだ。浜田の顔色は変わらない。変わらな過ぎて、ちょっと深く息を吸った。ちょっとだ。 「ま、浜ちゃん、いいのをいただいたわね?」 「えっ」 「いいのよ。大事に持っておきなさい」  浜田は慌ててカードをシャッフルすると、目を閉じてありさの前に突き出した。これでババが誰の手にあるのか一目瞭然だ。 (ババ抜きじゃなくて、脅し合い……一方的だから脅しに遭っているようなもんか?)  佐藤さんは早くもありさの本質に気がつきつつある。こうなると手元にババが戻ってきてほしくない。  だがカードは簡単にありさの手元に行ってしまった。 「いい度胸ね、浜ちゃん」  浜ちゃんは目を開けて複雑な顔をしている。ほっとしたような、びくびくしているような。  さて、石尾だ。ありさが無言で(持って行け)と圧力をかけてくる。手が震えだすのではないかと佐藤さんが心配するほどだ。取ったのは浜田と同じ戦法。目を閉じてカードに手を伸ばす。そして一枚のカードを引いた。目を開けてほっとしているのは、ババを引かなかったからなのか、引いたからなのか。ここから勝負がまた分からなくなってしまった。  佐藤さんの手元にあるのは2枚のカード。浜田が1枚。ありさが1枚。石尾が2枚で縁が2枚。桃香が1枚だ。  ぐるっと回って、佐藤さんが引いたのはババ。 (これは……) 見事なババの絵だ。これが自分の手元から旅立てば、またあの惨劇が繰り返されるかもしれない…… そう危ぶんだ佐藤さんは、思わず(浜田さんがババを引きませんように)と祈ってしまった。  浜田が引いたのは手元にあるカードと対のものだったらしい。カードを捨てて、誇らしそうに残った1枚を厳かにありさに差し出す。じろりと浜田を見たありさは悔しそうにその1枚を取り上げた。 「上がり! 俺、抜けたからね!」  浜田がこの緊張の輪から抜け出した。ほっとして佐藤さんはある事実に気がついた。次にありさがカードを引くのは自分からだ。 (血圧で倒れるかもしれん……) まるで命懸けだ。ありさの手元に2枚のカード。浜田から引いた1枚はありさの手元を3枚に増やしただけ。石尾が2枚になり、桃香が上がり、縁は2枚、佐藤さんは2枚になり、ドキドキする中でありさの視線をかいくぐり、心臓は無事なままありさのカードが1枚になった。 (やった! これで三途さんはここから抜ける!) まるで本物のババが抜けるような気持ちになり、ちょっと後ろめたくなった。今日初めて会った女性に失礼なことだと。  石尾がありさの最後のカードを持って行ったことで勝負からありさが抜け、そのまま一巡。そして石尾が抜けた。つまり、残っているのは縁と佐藤さん。三度やり取りをし、先に上がったのは縁だった。 「ごめんなさい」 「いいんだよ、おめでとう」  誰も傷つかずにババ抜きが終わったことにほっとした。 (ん? こんなに危険なゲームだったか?)  
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