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それで終わりではなかった。ババ抜き最弱王決戦が残っていた。各グループの敗者が集まった決定戦だ。
顔ぶれは、田中、中山、花、蓮、そして佐藤さん。
佐藤さんは不思議になる。子どもたちがいない。大人だけの最弱王決定戦だ。蓮と花が敗者組にいるのも謎と言えば謎。
実は蓮と花、それぞれのグループにはちびっ子が多かった。勝てば景品のおやつがもらえる。だからその表情を読んで自然に見えるように負けたのだ。
それにこれから始まるバトルに子どもたちを巻き込むわけにはいかない。
「佐藤さん、残っちゃったんですか……」
蓮が気の毒そうに言う。
「でも、ほら、すぐ上がるってこともあるし」
田中がフォローをする。
「そうそう! 佐藤さん頑張って!」
中山と言う人が激励してくれた。
「佐藤さん! 飲まれちゃダメだからね」
花の言葉が一番恐ろしくもある。
レフェリーは毎度ながら哲平。カードも哲平が配った。手札の同一のカードを捨てていく。
「お! 佐藤さん、手札が少ない!」
みんなが応援してくれるのがひしひしと伝わってくるのだが、なぜそこにこんなに悲壮感が漂っているのかが分からない。
「とにかく上がればいいんです、佐藤さん、負けるな!」
(……ババ抜き、だよな?)
ルールも変わらない。変わったのは対戦相手だけ。
佐藤さんは手札が3枚で始まった。分かっている、序盤で手札が少なくても決して優位ではない。ぐるぐるとカードが変わっていく、言ってみればカードの吹き溜まりになりかねない。
座る順番はジャンケンで決めた。その結果、佐藤さんの右隣は中山さん。この人からカードを抜く。そして渡す相手はほっとしたことに蓮ちゃんだ。
(中山さんは穏やかそうだし、蓮ちゃんだから安心だ)
そして蓮ちゃんから田中、田中から花と言う順番だ。
「蓮ちゃん、お先に失礼!」
「花、お前より先に上がってやる」
(腕相撲と言い……この2人は宿敵なのか?」
飲んでいる時にはそんなことを感じなかったが、いったいどれほどいがみ合っているのか…… せっかく仲良くなった人たちがこんな姿を見せるのが今の佐藤さんには辛い。
(せめてこんなゲームくらいほのぼのと笑い合って出来ればいいのに)
周りも良くないと思う。2人のことを騒ぎだて過ぎる。そんなこともあって引くに引けない間柄になってしまったのかもしれない。
さっきのジャンケンで勝った者がゲームの開始者になった。花だ。花が取る相手は田中。一枚合って、早持ち札が一枚減った。それでも花の手には7枚と言う手札が残っている。
「日頃の行いだな」
蓮ちゃんが言わなくてもいいことを言う。
「お前のゴールはほど遠そうだ」
「ほざいてなよ、気がついたら自分の手にババ1枚残ってたりして」
この時点でババを持っているのは中山だ。自分の手札は4枚だが、その中にこの憎むべきババがいる。
(さっさと佐藤さんに渡した方がいいかもしれない。その分佐藤さんの手から離れるのも早いだろう)
佐藤さんはカードを左手に持って右手でカードを取りに来る。だから中山は山を張って佐藤さんから見て右から2番目にババを置いた。
(しまった!)
ババを引いてしまった佐藤さん。これを蓮ちゃんが持っていったらどうなることか……その向こうの田中さんは2枚だ。よほどの強運ならここで必要なカードを持っていく。そして、残った一枚を花が取れば田中が一抜けだ。そして、田中はその奇跡の強運を発揮した。
「一抜けー!」
「田中さん、裏切り者!」
「お前ズルいぞ」
「花、お前の仲間になった覚えはない。蓮ちゃんも大人げないこと言わないこと!」
これで田中は高みの見物だ。
(私もああなりたい)
田中が抜けたということは、蓮と花のクッションが消えたということだ。
「早く取れよ、7枚あればババが二枚くらい入ってるんじゃないか?」
「だとしたらそれ合わせて放り出してるけどね」
佐藤さんの恐れていたことが起きる。蓮が自分からババを持って行ったのだ。佐藤さんは自分がババを持っていた時より緊張してしまった。
一枚抜いて、花の手数が6枚に減る。中山が一枚抜いて、手札を減らした。佐藤さんは違うカードが来ただけで枚数は変わらず。蓮はババを入れて三枚だ。花はババを避けて、順当に手札を減らしていく。中山が引いて2枚。中山から引いて、佐藤さんは残り2枚。
(だめだ、どきどきする)
敗者のバツを聞いていなかった。何をさせられるのだろう?
唐突にゲームが動いた。中山が抜けたのだ。
(え?)
どうみても場違いだ。自分がこの対戦にいていいわけが無い。ババは蓮の元から頑として動かず、自分が持っているのは二枚だ。花から一枚もらってくる。蓮が一枚抜いていく。蓮の手が3枚になり、花が3枚になり……
神経が擦り切れそうになった時、佐藤さんにも奇跡が起きた。
(ハートのジャック……ハートのジャックだ!)
揃えた二枚を捨てて、蓮にカードを向ける。蓮はにこっと笑ってくれた。
「おめでとう、佐藤さん」
「はい、はい、ありがとう!」
この解放感…… 不思議なことに(この解放感をまた味わってみたい)などと思っている自分が生まれ始めていた。
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