熱き親友

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熱き親友

   もう11時半。酔い潰れる前にと、残った片づけを酔っ払い連中に手伝わせる。ほとんど女性陣がやってくれていたが、居残り組の片づけくらい自分たちにやらせたい。 「も、ねたい」  リオが言うのを尾高が叱咤激励する。 「あと、テーブルふいたら、終わりだから」  言いつつも、これも半分寝ているようなものだ。ジェイが慌てて言う。 「だめだよ、襖も嵌めてもらわないと」  なにしろ数が多い。それに開けっ放しでは空調が無駄になる。 「そっち、おれとなかやまでやるから」  田中が呂律の回らない言葉で宣言する。 「え、おれ、やだ」  珍しい中山の拒否に思わず蓮が爆笑した。 「ほら、俺と3人でやろう。そしたら布団出してやるから」 「手を、うった」  よほど飲んだらしい。最後の祝杯がとどめを刺したのかもしれない。  ようやく酔っ払いどもを寝かしつけてほっと一息。 「中山さん、すっごく飲んでたね!」 「田中も飲んでたが、今日は中山に負けてたな」 「さっき覗いたら、みんな幸せそうな顔で寝てたよ」 「そうか。いい正月になった」  佐藤さんとのやり取り、花月と和愛の第一子。今日一日でどれだけの幸せを感じたことか。  ここからは河野家の2人の時間だ。蓮がワインを持ってきた。 「飲んでいいの!?」 「お前、ビールダメだし、日本酒も少ししか飲まなかったろ? 今日はめでたい続きだから特別」 「うん!」  グラスの5分の1ほどに注いでやるとジェイがにこにこと嬉しそうだ。自分にも同じくらいを注いだ。 「あれ? 蓮は飲めるのに」 「いいんだ。今日はお前と一緒」 「ありがとう!」  自然と出るジェイの『ありがとう』。カチンと乾杯の音を鳴らして2人してゆっくり飲んだ。お祝いの話で盛り上がる。けれど蓮の心の中に、ジェイがなごみ亭を辞めた時の言葉が蘇っていた。 『たくさんお礼言って、たくさん謝って来た。お礼ばっかり言うのに疲れてたみたい』 (もうお前の中にあった疲れは取れたんだよな?)  あの言葉を聞いた時、震えるほどに切なくて悲しかった。ずっと『ありがとう』と『ごめんなさい』を繰り返してきたジェイ。この家に引っ越してきてから回数としてはずい分減った。当たり前だ、言わなければならない状況そのものが減ったのだから。 「どうしたの? 考え事?」 「あ、いや、済まん、ぼんやりしてた」 「蓮もずい分飲まされてたもんね。もう寝ようよ」 「そうする」  ついでのように思い出す。 (秘め初め……し損ねた。明日だ、明日)  真夜中だ。 ――ぴんぽーん  夢の中かと思った。けれど確かに聞こえたと思う。 ――ぴんぽーん ――ぴんぽーん  座り込んで時計を見れば2時半だ。 「誰だ、夜中にこんなに鳴らすヤツは!」  薬を飲んでいないジェイがすぐに起き上がった。 「俺、見て来る」 「俺も行く」  その間にも響く、 ――ぴんぽーん ――ぴんぽーん  開ける前から怒鳴っていた。 「うるさい! どこのどいつだ!」 「よっ、こうのー、おれおれ。さかざきちゃんですよー」 「坂崎……お前どんだけ飲んだんだ?」  まるで頭から酒を浴びたような匂いだ。 「とにかく上がれ、玄関で騒ぐな」 「あれぇ? ごきんじょに、めいわくかけた? みなさーん、こうのじゃないよ、さかざ」  ジェイが坂崎の口を塞ぐ。蓮が腕をぐいと引っ張って中に入れた。急いでジェイが鍵をかける。 「うるさい! 騒ぐなと言ったろう!」  坂崎は玄関に座り込んだ。一転して力のない背中と肩。 「こうのぉ……うっうっうっ、こうのぉ……」  泣き出したから堪らない。ジェイは急いで坂崎の靴を脱がした。蓮が坂崎を抱え上げる。 「ジェイ、田中たちの奥の部屋に布団を敷いてくれ」 「分かった!」  これほどまでに酔い潰れた坂崎を見たことが無い。こう見えても外見を気にする方だ。いつもお洒落で、崩れた自分を人に見せることを良しとしない男だ。 「おれ、おまえんとこに泊まりたい」 (珍しいことを言う) 何度か遊びに来たことはあったが、泊まっていくタイプじゃない。とにかくこんなに酔っているのだから「帰れ」とは言えない。 「いいよ、ゆっくり泊ってけ」  言いながらも(今日は正月の二日だぞ?)と思う。家族はどうしたのか。ここに来ていると連絡を入れなくてもいいのか。 「おれんとこさ、りこん」  思わず立ち止った。 「りこん、って離婚!?」 「そ、りこんだって。いっしょうけんめいにやってきたのになぁ……なにがわるかったのかなぁ……」  蓮は返事が出来なかった。  
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