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布団まで連れて行ってコートを脱がせ、上着を脱がせ、ジェイに持ってきてもらった自分のパジャマに着替えさせてやった。その間もしゃくりあげるような泣き声が止まない。
蓮は知っている。坂崎家の夫婦仲はすごくいい。もともとバレーボールに強い高校でキャプテンをやっていた奥さんの菜摘さん。その応援団長だった坂崎。体育会系の2人は意気投合してそのまま交際が続き、大学卒業と共に結婚した。
奥さんの夫を思いやる気持ちは人一倍強い。よくぞ坂崎が結婚できた、と思ったが、菜摘さんに会ってみれば納得がいったものだ。
息子が1人。小学生の時には相撲取りになることが夢だった。あの両親にしてこの息子あり、と言える典型的な体育会系少年。
だからこそ驚く。
(離婚? 菜摘さんと? 坂崎、お前なにやった?)
やったとすれば坂崎しかいないと思う。勢いに任せてやってはならないことをやったとか、勢いに任せて出て行けとでも言ったとか。で、結局追い出されたのか……
「ほら、今日はもう寝ろ。明日話を聞いてやる」
「こうのぉ、こおうのぉ……おれにはおまえだけだ、こうのぉ……」
自分のことを『親友』だと思い込んでいるのは知っているが、ここまで思われる対象だと思うとちょっと心苦しい。
「分かった分かった。起きたら話そう。いいな? 今は寝るんだ」
しがみつくように膝から離れない坂崎をそっと横にする。時間を考えると坂崎家に電話するのもどうかと思ったのだが……
「もしもし、河野です」
『今年もよろしくお願いします。こんな時間にどうなさいました?』
菜摘は起きていた。少し慌てているようだ。
「実は坂崎が酔って俺のところに来てまして」
『河野さんの所にいるんですか!? まぁ! 良かった、どこに行ったんだろうって心配で心配で』
「その……思い詰めて来たようで。今夜はここでお預かりしようと思いますが」
『そんな、正月からご迷惑をおかけするなんて』
「いえ、ウチの方は構わないんです。動かせるような状態ではないので一晩ゆっくり眠らせようかと思います」
『……本当に申し訳ありません。私にもなにがなんだか分からなくて』
(ん? 分からない?)
「ちょっと立ち入ったことをお聞きしてもいいでしょうか」
『どんなことでしょう?』
「ずばりお聞きします。菜摘さんは坂崎との離婚をお考えですか?」
電話の向こうに沈黙が生まれる。20秒ほど経って蓮は口を開いた。
「申し訳ありません、ご夫婦のことなのに。私が口を挟むことではありま」
『あの人がそう言ったんでしょうか』
口調が変わっている。まるで怒ってでもいるような。
「少なくとも坂崎はそう思い込んでいるようです」
『なんてバカな! そんなわけ無いじゃないですか! 私、今から伺います!』
「いえ! こんな時間ですから」
こんな時間にこの家を夫婦のバトル会場にされたくない。第一坂崎がまともに話せるわけがない。
「今日泊っているのはあいつだけじゃないんです。明日にはできませんか? どうせ今はなにを言ったって話になどならないと思いますよ」
『どれほど飲んでるんですか?』
「俺が見たこともないくらいへべれけの状態です」
『まったく……ほんとにバカなんだから……』
「もしお聞きしていいなら」
『……ええ、聞いてください。多分原因はあれじゃないかと……昨日元日だっていうのに叔母から電話がありまして。その時ちょうどあの人はビールが足りないと買いに出ていました。叔母は暮れの31日に急に離婚の話を叔父から切り出されて途方にくれて電話してきたんです。その前日まで叔父はにこにこしていたそうで。それが他の女性と付き合っている、今日を限りに離婚してくれ、と。だから私、言ったんです。「今まで仮面夫婦だったのよ。私なら離婚するわ」って』
蓮は話の結末が見えたような気がした。その時ちょうど家に入った坂崎はその部分だけ切り取って聞いてしまったのだろう。そして飲みに回った。
「きっとそれが原因でしょうね。あいつ、そういうところはおっちょこちょいだから」
『私に聞けばいいんです、どういう話かって。でもあの人』
「短絡的だから」
『そうなんです! 本当にどうしようもなくて……』
蓮は安心した。これなら誤解が解ければいいだけの話だ。目が覚めて話をすれば解決だ、と。
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