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中山がゆっくり起きてきた。
「すみません、すっかり寝込んじゃって」
「具合、どうだ?」
「頭が割れそうで……さっき怒鳴り声聞こえてたけど、まるで坂崎さんみたいな」
「当たりだ。坂崎が来てる」
「うわ、マジ……」
中山がそんな言葉を使うのが可笑しい。最近の中山はいろんな自分を見せてくれる。
「ジェイ、薬」
「はい、これ」
薬とたっぷりの冷たい水を飲んでほっと一息をつく中山。
「それで坂崎さんは?」
「今シャワーを浴びてる」
「俺もシャワー借りていいですか?」
「いいよ。今日はみんなシャワーを使ってった」
「みんなって?」
「尾高とリオ。それから田中」
「今度水道代も徴収した方がいいかも」
「それはいい考えだな」
「やだな、冗談ですよ」
これだけ喋れるのだから中山も大丈夫だろうと思う。
「悪いがしばらくいてくれないか? あいつの支離滅裂な話を1人で聞きたくないんだ」
「夫婦喧嘩ですか?」
中山が顔をしかめる。釣られたように田中も。
「離婚されると思ってるんだ、あいつ」
「離婚って……え、この正月に?」
「違う、あいつの思い込みだ。いつものやつ」
「あああ、なるほどねぇ」
2人とも坂崎のことをよく分かっている。というより、坂崎は分かりやすいのだ。蓮が思うに、坂崎を知るのに5分あれば足りる。自分も初めて出会った時、2分で充分だった。同期会で握手をしてすぐに別れた。なぜかそれからやたらと話しかけてくるようになったのだが。
「河野! 出たぞ!」
「怒鳴るな! お前は普通に喋ればいいんだ!」
蓮の二倍は大きな声だ。池沢は自分を知っているから普段抑えて話しているが、坂崎にはその遠慮という配慮がない。
「じゃ、俺が」
中山もジェイに案内されてバスルームに行った。着替えは、多少余るだろうがこれも蓮のものだ。田中には裾がちょっと長そうだからスウェットパンツを貸してある。懸命なことにそれがなぜかを田中は聞いてこない。
「河野、聞いてくれ、」
「まず食え。話はそれからだ」
ジェイが心得たように食事の用意をする。
「おじやか! 有難い、さすがお前は俺のことをよく分かっている!」
「みんな同じものだ。黙って食え」
「おお、いいね、その言葉! なごみ亭復活だ」
「お前、食ってる時くらい黙ってろ」
中山が出てきた頃には坂崎は三杯目を食べ終わるところだった。
(ホントに大滝さんと変わらんな)
呆れるほどに飲んで、呆れるほどに食う。
「河野、俺の」
「中山の食事が終わってから。ちょっとは人のことも考えろよ」
なんのことはない、自分があまり聞きたくないのだ。それでなくてももうすぐ菜摘がここに来る。自分が誤解を解くより、直に奥方から聞けばいい。
坂崎以外は蓮の心の内を読んでいる。奥方が来ることは知らないが、要するに坂崎の話を聞くのを先延ばしにしているのだと。
「中山、よく噛んで食えよ」
「はい」
それだけで笑い出したくなる。だがあいにく、中山は坂崎じゃない。そこまでの食欲はなく、すぐに箸を置いてしまった。
「ご馳走さまでした。すみません、これが限界です」
器を持って立とうとするのをジェイが止めた。
「俺が片付けるから。中山さん、座っててよ」
「ありがとう、悪いな」
「大丈夫!」
今度こそ話を聞いてもらえると、坂崎は勢い込んで口を開いた。
――ぴんぽーん
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