熱き親友

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  (来た!)  良かった、坂崎の話を聞く前に、菜摘が本当のことを話せばそれで片が付く。 「はい」  みんなより早く蓮が玄関に立った。 「ご無沙汰しております。今年もどうぞよろしくお願いします」 「こちらこそ! 今年もどうぞよろしくお願いします。さ、上がってください」 「正月早々ご厄介になっちゃって。これ、よかったらジェイさんと一緒にどうぞ」 「わざわざありがとうございます」  菓子折りまでいただいた。菜摘は普段はそれほど声が大きくないから、坂崎はまだ気がついていない。蓮について上がって来た菜摘の顔をもし蓮が振り返って見ていたら会わせるのをやめていたかもしれない。だがあいにく蓮は振り向かなかった。 「坂崎、菜摘さんが来たぞ」 「えっ」  文字通り、坂崎は飛び上がった。 「な、なんで」 「お前な、大きな誤解をしてるんだよ。菜摘さんの話を聞けよ」  テーブルを挟んで向い合せに座る。ジェイが素早く動いてコーヒーを出してきた。 「どうぞ」 「ありがとうございます。幸佑(こうすけ)、いただいたら?」  声が冷たい。 「はい!」  なんとなく坂崎家の上下関係を見せられているようで、蓮ばかりでなく中山も田中も居心地が悪い。  コーヒーが全員の前に置かれる。 「悪いな、ジェイ」 「ありがとう」  中山と田中は場違いな席にいるようでいたたまれない。ジェイ自身はホットミルクだ。出し終わってやっとジェイも座った。  菜摘が切り出した。 「離婚ですって?」  その冷ややかな質問にどう答えていいか分からない坂崎。 「あなた、私と別れたいわけ?」 「ま、まさか! 俺は別れたくなんか」 「あのね、どうせ私と節子叔母さんとの電話を聞いて勘違いしたんでしょ?」  そこから菜摘はかいつまんで電話の中身を話した。 「菜摘が離婚を考えてるんじゃなくって?」 「どうして私がそんなことを考えるの? なぜ私に聞かなかったの?」 「だって俺は」 「私の電話を聞き齧ってすぐ離婚だなんて思い込んで。ということはどこかであなたがそれを願ってるからでしょう!」  バン! とテーブルが叩かれる。みんなの首が竦んだ。 「そんなこと考えてない!」 「じゃ、どうしてすぐに私と離婚を結び付けたの? なぜ私に『どういうことだ!』っていつもみたいに詰め寄らなかったの? どこかでそう思ってたからよね!」  蓮は(ヤバい)と思い始めていた。先に坂崎と話しておくべきだったかもしれないと。そうすれば少なくとも坂崎はしどろもどろにならずに済んだかもしれない。これは助け船を出さなくちゃならない。 「菜摘さん、坂崎は頭の中が真っ白になってしまったんですよ。心の中で『離婚』と言う言葉だけが独り歩きをしてしまった。どうしていいか分からなくなったんです、あなたに置いて行かれたらどうしよう、と」 「そうだ、そうなんだ! 河野は誰よりも俺のことを分かってくれてる! 河野の言う通りなんだ」 「誰よりも? 私よりも? あなた二言目には『河野』『河野』と言うわね。河野さんが退職するって分かった時だって、二日酔いになるほどに泣いてお酒を飲んで。そんなに河野さんが好きならここで暮らしたらいいじゃない!」 (は?)  話がそんな方に向くとは思いもしなかった蓮、他3名。 (これは……痴話ゲンカというヤツじゃないのか?) (蓮ちゃんにやきもち妬いてる?) (ここに住めって……) 「坂崎さんの奥さん!」  ジェイが膝立ちした。 「坂崎さんは奥さんを愛してるからどうしていいか分からなくなっちゃったんだよ! 奥さんも愛してるから坂崎さんの誤解のことを怒ってるんでしょう? だったらちゃんとそう伝えないと坂崎さんには分からないよ! 夕べだって寝ないで坂崎さんの帰りを待ってたんだって!」 「菜摘……本当か? 本当に待っててくれたのか?」 「……あなたみたいなバカな人、面倒見る相手は私しかいないでしょう」 「菜摘……」  慌てて蓮が咳払いをした。 「ジェイ、奥の部屋に空調入れて来てくれ。坂崎、菜摘さん、良かったら奥へどうぞ。俺は田中と中山に話があるので」  ハッとしたように菜摘は周りを見回した。真っ赤になっている。 「申し訳ありません。幸佑、家に帰りましょう。ゆっくり話し合いたいし」 「帰っていいのか?」 「幸佑の家はここじゃないの。いくら河野さんが好きでもね」 (俺は絶対に赤くならないぞ!) 「済まん、河野。多分夕べからえらく迷惑をかけたよな」 (まったくだ) 「良かったな、誤解が解けて」  感激で泣かんばかりの坂崎に、ジェイが上着を持ってくる。シャワーで着替えたものは袋に入れて菜摘に渡した。 「奥さん。お願い、坂崎さんを怒んないで。奥さんのこと、大好きで大好きで昨夜は泣きながら寝ちゃったんだよ。だから怒らないでね」  ようやく菜摘の顔に温かい笑顔が広がった。 「ありがとう、ジェイさん。よく分かったわ。本当にどうしようもない人……河野さんもお世話になりました。改めてお礼に伺いますね」 「いや! そんなお心遣いは」 「河野、悪かったな。今度はゆっくり飲み明かそう。あ、菜摘も一緒に」  嵐が去った。呆けて座り込んでいる3人。ジェイは2人分のコーヒーカップを洗いに行った。 「殊勲賞はジェイだね」  中山がぼそっと言う。蓮も田中も頷いた。  
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