毎度、バレンタイン

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毎度、バレンタイン

  「いらっしゃい」 「毎度ー!」  週に3日の開店でも、常連さんがついてくれる。月曜と火曜には他の店に行き、水木金とここに通うのだという話も聞いた。本当に有難いことだ。  1月の頭から500円で1ポイントのポイントカードとは別に、希望するお客さんに『バレンタインポイントカード』を発行し始めた。300円で1ポイント。10ポイントで可愛いらしいコーヒーカップを渡す。  色はパステルカラーで手描きのチェック柄、3種類。緑、オレンジ、青の淡い色にちょっと濃い目の同色の格子が走ってその中には小花。プレゼント用にするならラッピングもOKだ。結構これが評判になっている。  カップの底には『 i 《アイ》』の印がありアイブランドであることが分かる。もちろんまさなりさんの作だ。 「これ、可愛いよね!」 「絶対にもらうんだ」  レジの横に並んでいるサンプルを手に取った女の子たちの会話で人気があるのがよく分かる。 「3000円なんてあっという間にポイント溜っちゃうし」 「お店からのバレンタインプレゼントだよ」  ジェイが説明する。 「これ、ブランドものだぁ!」 「アイブランドって、結構人気あるんだよね!」  女の子が説明をしてくれる。するとジェイは嬉しくなってしまう。けれどまさなりさんのことは口にしない。まさなりさんは喜んでもらえればいいだけなのだから。  そんなわけで、飲み物とかワンコインとかの注文のお客さんが増えている。  そしてバレンタインデー当日。木曜日だからお店は営業している。小さな包みを持ってくるお客さんが何人もいるが、蓮はなごみ亭の時のような心配をしていない。なぜならそのほとんどが女学生だからだ。 「ジェイ、これバレンタインデー!」  ストレートに言って渡してくる姿が微笑ましい。 「ありがとう! 嬉しいよ!」  そして、蓮にもチョコレートが手渡される。 「私は蓮ちゃん派なの」 「俺?」 「うん! 蓮ちゃんとジェイとどっちがいいかってよく話に出るんだよ」 「それは光栄だな!」 「蓮ちゃんカッコいいし」 「ありがとう、喜んでもらうよ」  ただ、喜んでもらいはするのだが、食べるのはほとんどジェイだ。蓮はたまにブラックがあればそれを食べる程度。 「良かったよね、まさなりさんが分かってくれて」  来月のホワイトデーのお返しのことだ。店からのお返しだから、クッキーを用意するのだが、その数についてまさなりさんが異を唱えたのだ。 『こんな数で足りるはずが無い!』 『週に3日しか営業してないんですから充分足りるんです。俺たちももう年だし、そんなにもらうわけが無いので』  何度かのやり取りの末、なにもプリンティングされていないクッキー3枚入りを100個発注することでようやく折り合いがついた。 「最初500個って言ったから焦ったよね」 「100個だって多いくらいだ」  きっと余るからご近所さんに配ること想定済みだ。  蓮がふっと笑った。 「なに?」 「こんなことくらいしか悩むことがなくなったな、って思ったんだ」 「……もっと悩みたい?」 「いや! もうなごみ亭みたいなデカい商売はたくさんだ。良かったって思ってるよ。俺も引き際だったんだって今はよく分かる」  ジェイは嬉しくなった。たまに後悔に近い思いを抱いてしまうことがある。蓮からあの忙しさを取り上げてしまったのは自分だと。 「ね、今日は抱いて」  蓮の目がきらりと光った。 「いつでも来い! だ。もっと強請れよ」 「バカ! 蓮には恥ずかしいって言う気持ちは無いの?」 「お前相手に? そんなことを思う必要がどこにある?」 「俺は……恥ずかしいよ」 「それでいいんだ。俺はそんなお前が好きだよ」  いまだにそんな言葉で赤くなるジェイだった。  
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