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馴染みの病院だから大目に見てはくれていたが、さすがに10時近くになると「そろそろ」と声をかけられた。哲平があれこれと和愛に話しかけるのを花が引っ張っていく。
「なんだよ!」
「夫婦にしてやってよ! 和愛だって気もそぞろだったろ?」
哲平が不貞腐れたような顔になる。
「嫁に出すとこんなもんだ。具合悪いと『父ちゃん、父ちゃん』って言ってた娘が」
「次は『祖父ちゃん、祖父ちゃん』って呼んでくれる子が出来るでしょ。今は夫婦の時間!」
真理恵は小さくくすっと笑った。自分も病室を最後に出て行くのは花であってほしかったから。
5分ほどして花月が出てきた。
「さ、帰って夕飯! どうせ眠れない熊になるんでしょ?」
「母さん、大丈夫だよね? 無事に終わるよね?」
花が叩こうとする前に哲平が花月の頭を叩いた。
「いてっ」
「縁起の悪いこと言うんじゃない! 無事に終わるに決まってんだろ!」
今日の男どもはどうやら気が立っているようだ。
車を駐車スペースに入れようとして、一台の車が止まっているのを見た。
「あれ? 蓮ちゃんの車じゃないか?」
花は急いで車を下りた。一応チャイムを鳴らしてから玄関の鍵を開けた。
「ただいま!」
「お帰り!」
留守番していた中学生の風花の後ろからジェイが出てきた。
「お帰りなさい!」
「ジェイ! 蓮ちゃんも来てるの!?」
「あのね、差し入れ持ってきたんだよ」
「差し入れって」
蓮が手を拭き拭き、台所の方から出てきた。
「まさなりさんが興奮して電話をくれたんだ。和愛が陣痛を起こしたって。それで病院に電話で面会時間を教えもらったんだよ。宗田さんなら10時には帰ってもらいますって言われたから急いで来た」
風花が口を膨らませて言う。
「もう! 電話もくんないんだから。お腹空いちゃったよ!」
真理恵が慌てる。陣痛のことを塾に行っていた風花に走り書きして出かけたが、その後のことをすっかり忘れていた。
「ごめん! 今すぐ用意するから!」
「もう食べたよ。蓮おじさんとジェイくんが夕飯持ってきてくれたから」
「炊き込みご飯とお吸い物。それから揚げ物をいくつかと……まあ、思いつくままに作って来たんだ。真理恵、これから家事じゃ大変だろ?」
「蓮ちゃん……」
驚いたことに真理恵が泣き出した。
「ありがとう、気が張ってたの。男の人なんか誰も当てにできないし、お祖母ちゃんになるんだから1人でも頑張んなくっちゃって。本当にありがとう!」
花は今さらながら真理恵のケアをしていなかったことを反省した。男たちはわいわい言っていればいいだけなのだ。普段、こんな世話に慣れているとはいっても、今日は真理恵にとっても特別な日なのに。
「ごめん、マリエ。そうだよな、今日くらい家事から解放されたいよな」
哲平も花月も同じ気持ちだ。
「母さん、中に入ったら座っててよ。俺たちで支度出来るから。赤ん坊が生まれたら母さんにうんと厄介になるんだからさ」
「そうだよ、俺も真理恵を頼りにしてるんだ。生まれる前くらいは羽を伸ばしててくれ」
蓮とジェイも一緒に、と誘ったが断られた。
「こんな時は家族でいた方がいい。俺たちがいてみんなが気を遣うんじゃなんにもならない」
申し訳なく思いながらも、みんなは有難く好意を受けることにした。見送られながら蓮とジェイは帰って行った。
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