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夜は悶々として過ごした。真理恵の言った通り、男どもは熊になっている。いつお呼びがかかるかと思うと酒も飲めない。ただそわそわし、ため息が漏れ、それを聞きながら真理恵は明日のことを考えて放置したまま先に休んだ。一応苦言は呈しておいた。
「初産は遅れるものなの。休めるうちに休んでおいてね」
「明日、仕事どうしよう」
花が言う。
「んなもん、知るか」
哲平が答える。もう今は2時を過ぎている。
オフィスではみんな分かってくれている。初孫だ、R&Dにとっても。だから「後は任せてくれ!」と激励をもらっている。だが、会社としてそれはいかがなもんか、ということだ。
「平のままが良かった……なまじっかキャリアが付くとこんな時に自由にならん」
「望んでその地位についたくせに」
「花、お前どっちの味方だよ!」
「連絡入れるからさ、仕事には行けってぇの」
「お前は!」
「俺、ただの部長だもん。常務なんかより自由が利くよ」
「……降格だ、お前なんか」
「望むところだね」
その間花月はどうしているかというと、何かをメモ帳に書き込んでは煩そうに父たちを眺めていた。いつものことではあるが、仲良し喧嘩が鬱陶しいこと、この上ない。
「いい加減にしなよ。向こうで寝てくれば? 俺が起きてるから」
「いや、そういうわけには」
異口同音に応える父たちに剣呑な表情を向ける。
「なら黙ってて。ケンカするなら別の部屋に行って」
花月の言い分は尤もだから2人とも黙った。どうせなにを言ったって、2人とも仕事を休む気満々なのだから。
結局電話が鳴ったのは、朝食が終わった7時過ぎだった。電話に飛びついたのは花月だ。
「はい、宗田です!」
「…………」
「はい!」
「…………」
「分かりました、すぐに行きます!」
電話を切ると慌ただしく出かける支度をする。
「母さん、すぐに出られる!?」
「大丈夫よ! 風花、どうする?」
「休む! 今日は置いてかないでよね。お姉ちゃんはどうするの?」
「連絡入れる。今日は来てくれると思うから」
花音は美術大に入り、その近くの寮に入っている。家にいたんじゃ花父がうるさくて敵わないと。
男性陣もあっという間に支度が済んだ。何があるか分からないから、哲平と花の二組に分かれて車に乗った。車の中で真理恵が各関係者に連絡を入れる。
「はい、もう病院に向かってます。気をつけて来てくださいね」
何度かそんな言葉を繰り返して、真理恵はほっと一息ついた。
「お母さん、お疲れ様! 大変なんだね、お産って」
風花が大人びたことを言う。
「いい勉強になるからよく見ててね。花月」
「なに?」
「名前、考えてあるの?」
「一応夕べ考えたんだけど和愛の意見もあるから。第一男か女か分かんないし」
「なんでお兄ちゃんは知りたくなかったの?」
「その方が楽しみが増えるじゃないか」
「ふぅん……準備だって大変なのに?」
「大変なのも楽しみの一つさ」
若い夫婦の最初の赤ちゃん。なにもかもが楽しさでいっぱいだ。
病院に着いて、花月はすぐに看護師さんたちに連れて行かれた。これから打ち合わせと準備にかかる。すでに緊張で体が硬くなっているほどだ。
個室には徐々に宗田関係者が膨れ上がっていく。
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