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「花月!」
「来たぞ、もう安心だ」
花月がリラックスした声を出したから和愛はほっとして泣きそうになった。分娩室に入る前、看護師さんが花月の肩を揉み解してくれたのだ。
「今からそれでどうするの? 花月くんより和愛ちゃんの方がうんと緊張してるのよ」
花月の出産時に立ち会った看護師さんだった。お蔭で花月は夫の顔で和愛に会えた。
「手を握って」
「もちろんさ、俺のお姫さま」
小さな声でそう答えると和愛がほんのり赤くなる。
「人がいっぱいいるんだからね」
「分かってるよ。これからは俺も和愛も大人になんなくちゃならないね」
2人でいつも言っていた、ままごとのような夫婦生活にピリオドが打たれる。もうままごとではいられない。命を育てる父と母になるのだから。
何度目かの痛みに襲われて、和愛の小さな手から伝わる力は恐ろしいほどに強かった。汗を拭いてやる。
「水、飲むか?」
「うん、欲しい!」
飲ませると荒い息がちょっと治まる。そして、さらに何度か目の陣痛の波……
間隔がどんどん狭まって、「はい! そのままいきんでいきんで!」と声がかかった。
「頑張れ、和愛!」
「もうちょっとだ、俺に捉まれ!」
いったん波が引いてしまう、だがすぐに次の波。
「いきんでいきんでぇ! ほら、赤ちゃんの頭がもう見えてるよ!」
花月は興奮していた。これがお産なのだ、命の誕生なのだ。
「頑張れ、頑張れ!」
涙が落ちていることにも気づかない、ただ和愛と共に息を整え、和愛と共にいきんだ。
「んぎゃぁ!」
その力強い声に、和愛の全身の力がどっと抜けた。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ!」
「女の子……和愛、女の子だって!」
「花月……女の子なんだね?」
「さ、お父さん、お母さんの胸に抱かせてあげてください」
花月は感激に打ち震えていた。目は閉じたままだが、なんと細くて可憐な指なのだろう! 小さな動きが手のひらに伝わってきて涙が落ちる……
「和愛、ほら、元気な子だよ」
和愛は胸に預けられた赤ちゃんを愛おしく見つめた。
「花月……私、お母さんになった。私、お母さんだよ……」
和愛は心の中で亡き母に呼びかけていた。
(母ちゃん……私もお母さんになったよ!)
分娩室の前の廊下で熊になっていた全員に看護師が伝えてくれた。
「女のお子さんですよ! おめでとうございます!」
歓声が上がり、思わず「お静かに!」と伝えてくれた看護師が手を鳴らした。
「他の患者さんもおいでですから。少しお待ちください、この後新生児室にご案内します」
花は真理恵を抱きしめているし、哲平は父の彦介に背中をどやしつけられている。
「痛いって、父ちゃん、痛いって!」
「勝子さん……」
「多枝さん……きっと千枝ちゃんが見守ってくれてたんだよ」
「まさなりさん、きっと美しい子だわ」
「もちろんだよ、ゆめさん!」
「お父さんもとうとう曽お祖父ちゃんね」
「お前、時祖母ちゃんって呼ばせるんだろう?」
「だって曽お祖母ちゃんはたくさんいるんだもの」
それぞれの曽祖父母が喜びを表すのに、これでも足りない、これでも足りないとばかりに手を取り合う。
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