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花音も間に合って、案内された新生児室。その一角が一際輝いて見えるのは気のせいだろうか。そこに宗田、宇野、堂本、茅平家の血を受け継ぐ幼い結晶がいた。
「誰に似てるんだ?」
哲平はそこを気にした。自分に似て欲しいが、女の子だ。だとしたら千枝に似ていて欲しい。勝子が現実的なことを言う。
「お祝いをもらう都合があるからね、生まれてからしばらくの間はみんなに似るもんなんだよ」
「母ちゃん! 身もふたもない……」
みんなが周りを気遣って静かに笑う。勝子はどこにいても勝子だ。
「さ、和愛ちゃんに会いに行こうか」
「疲れてるからちょっとだけね」
「今日は顔を見たら帰るよ」
口々にそんなことを言い合って病室に向かう。そこには母の顔になった和愛の姿があった。
哲平は一瞬、千枝がそこにいるのかと思った。
「千枝……」
敏感に勝子が反応する。そっと背中に手を当てた。
「あんたの和愛だよ。そうだね、千枝ちゃんそっくりだね」
堂本夫妻が和愛の手を取った。
「おめでとう、お疲れ様。すぐに帰るからね、後はゆっくりと休んでね」
「ありがとう、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
「もう曽じぃと曽ばぁだよ」
真理恵は可笑しくなった。みんな自分の呼び方を考えているらしいと。
堂元夫妻が引くと、彦介と勝子がそばに立った。
「ご苦労さま! 今日から母親なんだねぇ……去年はちっちゃな夫婦に見えてたんだけどね」
「和愛ちゃん、私たちはすぐに帰るから花月とゆっくり休みなさい」
「ありがとう」
茅平夫妻がそっと手を握った。
「お母さんになったわね。分からないことは何でも聞いてね」
「頼ってくれると嬉しいよ」
そしてまさなりさんとゆめさん。
「新しい世界に来たね! ここから物語が始まる。君たちが描いていくんだよ」
「喜びの歌が聞こえるわ。あなたたちが今日創ったのよ」
「ありがとう、まさなりさん、ゆめさん……今とても嬉しくって眠いの」
「ゆっくりお休み」
そして花、哲平、真理恵。
「でかしたぞ、和愛! 俺は女の子だろうと思ってたんだ」
「夕べ、男だって言ってたくせに」
「うるさい、今日は女の子だと思ったんだ!」
くすっと和愛が笑う。
「父ちゃん、母ちゃんがね、助けてくれたの」
「母ちゃんが?」
「右手を花月が握ってくれてたんだけど、最後に力を入れた時、左手にあったかい手を感じたんだよ。あれ、母ちゃんだったと思う」
「……そうか……そうか、千枝が来てくれたんだな……そうか」
その肩に花が手を置く。
「さすが千枝さん! ここ! って場面には千枝さんが出て来るんだね!」
真理恵が和愛の額をタオルで拭いた。みんなに声をかける。
「ほらほら、もう休ませてあげて。頷くだけでも和愛ちゃんはくたくただよ」
その通りだ、とみんなが静かに出て行く。
「和愛ちゃん、父ちゃんはウチで預かるからね。安心して赤ちゃんのことだけ考えなさい」
「ありがとう、お願いね、お義母さん」
「俺、見送って来るから。すぐ戻るよ」
花月が和愛の額にキスをする。
「眠りたかったら寝ておいで」
「うん」
帰り際に花音と風花がそっと和愛の手を握った。
「私たち、叔母ちゃんになったんだよね?」
「そうよ、花音ちゃん、風花。これからよろしくね」
ぞろぞろと待合室を歩く集団を周りが首を巡らして注目していた。
「まさかこれ全部祖父ちゃん祖母ちゃんだとは思わないよね」
花月が面白そうに言う。
「そうだな。こうやって集まると迫力あるな!」
花父が答えた。これから先、お宮参り、七五三と子どもの行事の時にはさぞかし大騒ぎになるだろう。ふと花月と花音の運動会を思い出す。
(こりゃ大変だ! 花月、お前相当な覚悟が要るぞ)
今はなりたての父親で先のことなどまだ分からない。花月が頭を悩ませるのはそれからずい分先のことになるだろう。
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