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新たなる報告
「珍しいな、店に来るなんて」
カウンター席に座った花月は、珍しく疲れた顔をしていた。テーブルに腕を伸ばして顔をぺたんとつけている。
「どうしたの? かづくん」
「ちょっと疲れてんの」
「育児疲れか?」
もう6ヶ月だ。大人数の中で育っている花枝は、誰にでもにこにことして手間がかからない。
花月の腕だけがするっと上がってゆらゆらと揺れた。
「じゃない」
ぺたんとカウンターに頬をつけたまま、盛大にため息をつくのを見て、蓮はくすりと笑った。昔からこうだ。親に言えない秘密や悩みを抱えると、自分にはこんな甘えた態度を見せて来る。無意識に『相談に乗ってよ!』というアピールをしてくるのだ。
「で? 今度はなんだ?」
花月が身を起こす。
「……できた、二番目」
「二番目って……ジェイ! 替わってくれ!」
「あいよ!」
今は7時ちょっと。今日はそれほど混んでいない。蓮は花月の隣に座った。
「いつ生まれるんだ?」
「4月」
「それで?」
「一昨日健診に行って分かったんだ……母乳飲んでる間は……その……分かり辛いって」
生理が来ないから、そう言っているのだがその辺りのことが蓮に分かるはずもなく、ただ呆れていた。
「年子なんて大変だぞ。お前じゃなくて和愛が。どうするんだよ、大学」
「それなんだよね……花枝が半年になったら復学するつもりだったから。あいつが可哀そうで……あてっ」
蓮からのゲンコツだ。
「なら『計画出産』ってもんを考えろよ!」
蓮だってそのくらいは知っている。企業の役職だったのだから。
「俺たち、自然主義で……いた!」
もう一発喰らう。
「それで? 何も考えないお前たちじゃないだろう?」
「大学はね、いろいろ調べてBIUっていうのを受けるのはどうかって」
「BIU……遠隔教育か」
「知ってるの!?」
「ちょっとはな。以前社員から相談を受けたことがあった。働きながら勉強したいって。反対したよ、両立なんか無理だから。システムは激務だ、働きながら海外の大学の通信教育を受けるなんて」
「和愛なら?」
勢い込んで花月が聞く。
「要は通信教育なんて気合いと根性だよ」
通信教育で調理師の勉強をした蓮だから言えることだ。あの時はそれこそ自分が社員に反対した両立の世界だった。
「和愛の気合いと根性はたいしたもんだって俺は思ってるんだ」
それはそうだろう、哲平の娘なのだから。
「どこの大学だ?」
「ジョージア工科大学。環境科学と地球科学を扱ってるんだ」
「日本の大学は? 考えなかったのか?」
「ずい分調べたんだけど。たいしたとこが無くて」
「で、悩んでるのは? 花と哲平に話すことか?」
「うん……お義父さんはともかく、父さんが賛成するとはとても思えなくて」
「じゃ哲平に先に話すんだ、ちゃんと2人で。分かってくれたら花を3人で落とす。それしかないな」
「……そうだよね。それが一番いいよね」
ちらり、と花月が蓮を見たから釘を刺した。
「俺は間に入らないぞ。そんな小細工は考えるな、正面から行け。いいな?」
「……はい」
「アドバイスするとしたら……真理恵……お母さんに先に話すんじゃない。こじれる元だ。外堀を埋められるのを花は嫌う」
「はい」
決意を固めて、花月は帰った。もう一度2人で話して、哲平と話すつもりだ。
店を閉めてから、ジェイがそばに寄って来て話を聞いてきた。
「もう1人赤ちゃん!? うわ、すごい!」
単純にジェイは喜んだ。
「そう喜んでばかりもいられないんだ」
「どうして? なんで赤ちゃんが生まれることを喜んであげられないの? 1人目は良かったけど2人目はだめなの? 可哀そうだよ、そんなの。花枝ちゃんだって兄弟が生まれなかったら可哀そうだ」
「ジェイ」
「せっかくお母さんのお腹に出来た命なのに。喜んであげようよ、蓮」
きっとアレックスを思い出している。蓮には分かる。ジェイを抱きしめた。
「そうだよな……お前の言う通りだ」
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