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戦い
「なんだって!?」
哲平からの電話を受けて、蓮は打ち合わせ中にも関わらず音を立てて立ち上がった。すぐに電話を切り、ジェイの腕を掴む。
「皆さん、すみません! 私事で急用が出来ました、これで失礼します。食事は温めるだけになっているのでよろしくお願いします! ジェイ、行くぞ」
「は、はい」
その剣幕に、なにも聞かずにジェイが付き従う。
家に入り、キーを取りすぐに車へ。その間、蓮は一言もジェイに喋らなかったし、ジェイも怖くて何も聞けなかった。ただ、恐ろしく悪いことが起きたことだけを感じていた。
「ジェイ」
10分近く車を走らせてようやく蓮が口を開いた。
「はい」
「花が倒れた」
「ぇ……」
呟くような返事をし、つばを飲み込んだ。
「澤先生の病院に運ばれた。いいか、向こうでうろたえるな。家族が全員揃っている。俺とお前がうろたえちゃいけないんだ。分かるか?」
返事が出来ない、息が苦しくて。
蓮はとっさに掴んできた薬を渡した。静かに路肩に車を寄せて、すぐそばの自販機で水を買いジェイに渡す。そしてまた、車を走らせた。
「飲んでおけ、今大丈夫でも。さ、早く」
たった今パニックを起こしてもおかしくないのだ。叫び出したらきっと止まらないだろう。
けれどパニックは起きなかった。息は苦しいけれど、ショックが強すぎて感情が麻痺した。言われるままに薬を飲む。
「いつでも飲めるようにしとけ。また必要になるかもしれない」
「分かった」
平坦な声だ。蓮は危険を感じ、また路肩に車を止めた。ジェイに向き合う。その肩を掴んだ。
「ジェイ」
「はい」
「ジェイ、俺の言ったこと、分かるか?」
「花さんが具合悪くて病院に行ったって」
「違う。倒れたんだ。行ったんじゃない、運ばれたんだ。ジェイ、ちゃんと理解してくれ、向こうでパニックを起こしても誰も面倒を見てやれない」
自分でさえ危ういと思う。それほど電話の内容は衝撃的だった。
『はな……危ないから。河野さん、すぐ来て』
命が危ない。
一番使うべきではない言葉だ。なのに哲平はそう言った。
「ジェイ、花は……」
躊躇う。だがパニックを起こすなら今、この車の中、自分の前でだ。向こうに着いてそんなことがあってはならない。誰にもそんな余裕はない。
「花は危険な状態だ」
大きくびくり、とジェイの体が跳ねた。
「そんなはず……だって、一昨日喋ったし……花さん、動いてたし……花さん、」
「ジェイ! 俺を見ろ、俺を見るんだ!」
虚ろなジェイの視線がさまよって、そして蓮の目に捉まった。
「いいか? お前がパニックを起こすなら帰ろう。家族の邪魔をするわけにはいかないんだ。だからウチに帰ろう。どうする? 自分で決めるんだ」
大きな目からぼろっと涙が零れ落ちる。声も無く、ジェイは泣いた。
「れ……おれ、いく。はなさんにあいにいく。むこうではちゃんとするから。だからつれてって」
「分かった。けどダメならいつでもお前を引きずってでも帰るから。そのつもりでいるんだぞ」
頷くジェイの目から新しい涙が次々と零れ落ちていく。蓮は車を出した。
「来てくれてありがとう、今検査中なんだ」
哲平が呆けたように言った。
「哲平、しっかりしろ! お前がしっかりしないで誰がみんなをまとめるんだ?」
「おれ、おれさ、明日から休ませればいいって、病院も明日来ればいいって、おれさ、おれがそう言ったんだ、おれが」
蓮は哲平の頬を打った。ジェイのように虚ろだった哲平の目に力が戻り始める。
「こうのさん……?」
「目が覚めたか? お前がしっかりしないでどうするんだ! お前が動けなかった時、花は必死に動いたぞ。思い出すんだ、そしてみんなを支えるんだ」
哲平は啜るように大きく息を吸った。周りを見回す。誰もが呆けて廊下のソファに座っていた。真理恵を両脇から抱きしめているのは花月と花音だ。風花は花枝を抱いていた。和愛は哲を。まさなりさんとゆめさんは固く手を握り合っている。
「俺が。俺がしゃんとする」
両手で強く自分の頬を叩く。蓮の目をしっかりと見て頷いた。
「河野さん。ありがとう、俺が頑張る」
まるで戦車が動き出したようだった。
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