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哲平は電話をかけ始めた。大滝、田中、池沢。茅平家、堂本家、宇野家。大家さんの髙橋さんにも連絡した。
「はっきりしたら改めてご連絡します」
そう伝えた。
田中と池沢はオフィスメンバーへの連絡を受け持ってくれた。例え来たとしても会えるとは思えない、そうも伝えてある。突然の知らせに、皆が言葉を失った。
「宗田さん」
担当医師からの説明を聞くことになる。蓮とジェイ、和愛は子どもたちの面倒を見ながら廊下で待つことにした。
20分近く経って、診察室から出てきたみんなの頬が濡れていた。
「哲平、聞かせてくれ」
蓮は歯を食いしばった。ジェイの代わりに自分がしっかりしなければ。聞かなければ。動かなければ。
「白血病、だって……急性だから……今ちょっと持ち直したけど……余命……もって後一か月、って」
しっかりすると誓った哲平が崩れそうだった。廊下に出たみんなが震えている。花月と花音と風花は検査のために処置室に行くのだという。
「検査?」
「血液検査……適合すれば助かる見込みも……俺も検査、受けて来る」
「なら俺も行く。ジェイ、お前も来い!」
「う、ん……」
雲の上を歩いているようだった。ジェイには本当のことだと思えない。哲平はなにを言ったのだろう? 余命? もって一か月? どれもが耳を素通りした。
小さな針の痛みはジェイの浮遊していた感覚を呼び覚ました。
「いたい」
「もう終わりましたよ」
(はなさん……死なないで、はなさん……)
ただ、それを願っていた。早すぎる。自分とは3つしか年が離れていないのだ。あまりにも早すぎる。
(俺の骨髄、役に立つ? 誰のでもいいから役に立つ?)
今頃になって『余命一ヶ月』の言葉の意味が浸透してくる……
処置室を出て、蓮の姿を求めた。自分より先に終わっているはずだ。蓮はソファの一番端にいた。ジェイがふらっとそばに行くと立ち上がって抱きしめてくれた。
「頑張ったな」
「これしか……出来ないから」
見回して、真理恵、花月、哲平、まさなりさんの姿が無いことに気がついた。
「蓮、みんなは? 哲平さんたちは?」
「花が目を開けたんだ。だから会いに行ってる。待て! 俺たちはだめだ」
「なんで!? 俺も会いたい!」
ジェイの両腕を掴んだまま、蓮は深呼吸を繰り返した。
「俺も会いたいよ。ジェイ、俺もだ。けど今は家族の時間だ。会いたい人間じゃなくて、会わなきゃならない家族が優先だ、花も疲れてしまうから」
泣きじゃくりたいのを必死に我慢した。薬を飲む。同じく会えないゆめさんや花音、風花、和愛たちと並んで座った。みんな、泣いて自制することが難しい人たち。
しばらくして帰って来た4人は、まるで自分たちが病人のように衰弱して見えた。哲平が近寄って来る。
「少しだけど話せたよ。ほとんど花月が喋った。あいつは……俺なんかよりしっかりしてたよ。あいつがいて良かった。真理恵をしっかり抱き寄せて花に安心しろって……『母さんの面倒は俺が見るから』って……俺はバカみたいにただ『任せろ』『任せろ』ってそればっかり言ってきた」
「それでいいんだ。花もきっとみんなのことが気がかりなはずだ。お前の存在は大きいよ」
「うん……ありがとう、そう言ってくれて……花が……謝るんだ、ごめんって……」
哲平はまた自分の両頬を強く叩いた。
「よっしゃ! 花の留守は俺が預かる。もうみっともない真似はしないぞ」
「お願い……哲平さん、お願いします。お願い」
「ジェイ、任せとけ。今日なんだけど、花月とまさなりさんと真理恵はここに残る。後はみんないったん帰ることになるんだ。それで、良かったら花んとこに泊まらない? 男手があった方が有難いから」
「俺たちで役に立つことならなんでも使ってくれ。お前が仕事の間も俺たちがいる」
「そうしてもらえると有難いよ。子どもたちの飯の世話もあるしさ。使うようで悪いけど」
「やれることがあるのが一番有難い。ただ見てるだけなんて無理だ」
「助かる」
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