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時間が経つのはのろかった。二週間、それが永遠に続くようで。検査も急ピッチで取り組んでいるが、それでも限界がある。
(一日でも早く、一時間でも早く、早く、早く、お願い……)
真理恵の頭の中にはそれしか無かった。家族でさえ一日の面会時間は数分に限られ、それも毎日出来るとは限らない。病状が思わしくないと面会の許可が下りない。そんな日は生きた心地もしなくて、砂を噛むように僅かに食事をした。病院から帰らないのは、ただただ万が一の場合に間に合わないことが無いようにするためだ。それが分かっているから怖くて病院を出られない。
「真理恵ちゃん、ちょっと横になっておいで。私も花月もここにいるから」
まさなりさんのお陰で、ここに一番近い個室を特別に使わせてもらっている。そんな配慮をしてもらえるのも世間ではごく一部の人たちだけだろう。だが今の真理恵にはそんなことを考える余裕も気力も無かった。
「でも」
「必ず起こしに行くから。10分でもいい、横になって目を閉じて来なさい」
まさなりさんの断固とした強い口調で重い腰を上げる。立ち上がったとたんに眩暈を起こした真理恵をすぐに支えたのは花月だ。
「お祖父ちゃん、母さんをベッドに連れてってくる」
「頼んだよ、花月」
ゆっくりと母の歩調に合わせて歩く花月の腕はしっかりとして心強かった。部屋に入ってベッドに横になる。毛布をかけてもらう。カーテンを閉めようとする花月の手を掴んだ。
「お願い、閉めないで」
愛する人から離れた場所で眠り込んでしまいたくない。
「母さん、俺が手を握っててやるから。だから目を閉じて。なにかあればお祖父ちゃんが知らせてくれる、だから今は安心して」
こんな母を見るのが初めてで、花月はそのことにも怯えを感じていた。年齢相応に見えてしまう母。なにかあればもうあの溌剌とした笑顔を見ることはなくなるかもしれない。
(父さん、母さんを置いて逝かないよね? そんなこと出来ないでしょ、父さん)
家族のために、なによりも母のために父には無理にでも頑張って欲しかった。
(昔俺に言ったじゃないか!)
と、突然理不尽な怒りが湧いてくる。
『これは自分の責任だよ。自分の管理を怠った。家族を不安にさせることはお前たちを裏切ったようなもんだ』
小さい自分にそう言った時の父は凛としていた。今、家族の長となって良く分かる。それがどんなに厳しい言葉なのか。
目を閉じた母はあっという間に寝息を立てた。寝過ぎればきっと自分自身を非難するだろう。そう思うから30分したら起こすことにする。花月は静かにまさなりさんの所に戻った。
「眠ったかい?」
「うん。お祖父ちゃんは? ずっと起きてるでしょ、休んで来たら?」
「私は大丈夫なんだよ。絵を描いているとね、時間を忘れる。食べることも寝ることも忘れてしまう。今、きみのお父さんの絵を心の中で描いているんだ。だから眠れるわけが無い」
花月も同じだ。本当に休める日が来るのだろうか……そんな風に考える。ほんの数日前には当たり前だったあの輝く日々が、今はとてつもなく遠い。ここに座って待つだけの自分にいったい何が出来るというのだろう。
「花が……」
まさなりさんの沈痛な声が漏れる。
「マイボーイがこんな目に遭っていいはずが無いんだ……」
「お祖父ちゃん」
「苦しんできたんだよ、きみのお父さんは。愚かな私たち……私とゆめさんのせいで。あの汚らわしい男のせいで」
花月は父の身に起きた事件のことを知らない。まさなりさんの独り言のような懺悔は花月の心を抉った。
「私たちがいながらあの子を守ってやれなかった。どんなにか苦しんだだろうに……」
「だから……だからジェイくんのことをあんなに……?」
「そうだよ。自分のことのようにジェイに起きた苦しみを受け留めていたんだ。君のお父さんも犠牲者だったんだよ。なのに守ってやれなかった、法の前にあの子は無力だったというのに。花はもう幸せでなければならない……私が代わるべきなんだ、私が」
花月は涙を払ってまさなりさんの手に自分の手を重ねた。
「でもね。父さんはお祖父ちゃんが病気になったらきっと苦しむよ。そういう人だよ。お祖父ちゃんがこんな病気になるくらいなら自分が代わりたいって……きっとそう思うよ」
まさなりさんの嗚咽が響く。花の苦労を忘れたことが無かった。今なら分かるのだ、花の子育て、花月たちの姿を見て、親が子どもにとってどうあるべきなのか。自分たちはどうあるべきだったのか。
「すまない。今は泣いている場合じゃないというのに」
「いいんだ。みんな堪えてるものがあるんだと思う。いいんだよ、お祖父ちゃん」
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