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二週間は遅いのに、母を休ませるための30分はあっという間に過ぎてしまった。
「母さん、起こしてくるね」
花月の思いが伝わったのか、まさなりさんはゆっくり頷いた。30分でさえ、真理恵は自分を許さないかもしれない。
小さくノックをしてドアを開けた。無心に眠っている母を起こすのが忍びなくて、手が迷う。けれど花月は母の肩に手をかけた。
「母さん。母さん」
ハッとしたように飛び起きようとする真理恵を抱きしめた。
「違うよ、なにも無いよ。ただ起こしに来ただけ。それだけだから」
「……私……眠ってたのね? 眠ってたんだ、眠って」
「母さん! 父さんが大事ならちゃんと休むべきなんだ、やつれた母さんの姿なんか父さんに見せたくない!」
真理恵の体から力が抜ける……しがみつくように泣く母に心の中で詫びた。
「俺に誓って欲しい。ちゃんと食べてちゃんと寝るって。そうじゃなきゃ俺が会わせない。俺が言う通りにこの部屋に来て横になること。母さん、いいね? 俺は言ったことは実行するよ。知ってるでしょう?」
真理恵は頷いた。そうだ、花月はそういう息子だ……
(ごめん……ごめんね、母さん。ごめん)
それでも表情を変えずにベッドから立つのを助ける、母のために、父のために。
「俺もちゃんと休むから。だから交代で。今日からそうするよ。父さんは頑固だから簡単には参らないと思う。だからきっと長いことこの状態と戦わなくちゃならない。そのためにも俺たちは元気でいなくっちゃ。分かるよね?」
「わかる……花月、わかってるの、頭では花月のいうこと分かってる」
「それだけでもいいよ。後のことは俺が決めてあげる。母さんは俺の言う通りにしてればいいんだよ」
「それなら……できると思う……」
「ん。それでいい」
花月は1人でナースセンターに向かった。
「宗田です。今日は面会できるでしょうか」
担当の看護師がすぐに対応してくれた。
「今お薬が効いて眠っておいでなんです」
「少しはいいんでしょうか」
「今日は昨日より楽なご様子ですよ。目が覚めたらご連絡しますからお待ちください」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
宗田家の控室に勢い込んで入ろうとして花月は留まった。本当に面会できるならいい。だが目が覚めて症状が悪化していたら? 面会が出来ると告げておきながら許可が下りなかったら母も祖父もどんなに悲嘆にくれるか……
(呼ばれるまで黙ってよう)
家族が会いたい時に会う。そんな当たり前の日常が恋しい。
ホールに行って電話をかけた。今、愛しい者の声が欲しかった。
『花月? なにかあったの!?』
「違うよ。和愛のさ、声が聞きたかったんだ」
『こっちは大丈夫だよ。花枝も哲もとてもいい子にしてる』
「俺たち……周りに恵まれてるよな……初めて思うんだ、『無事』ってどういうことなのか今まで知らなかったって」
『花月……』
「俺さ、元気でいるよ、ずっと。健康に注意する。自分を過信しない。お前たちのために自分を守る」
『うん』
「父さんが昔言ってたこと、やっと理解できたんだ。自分を守らないのは家族に対する裏切りだって。ばかだよな、そう言ってた父さんがこんなことになるなんてさ……俺……もっと父さんを大事に思うべきだった。顔色悪いの分かってたのに」
『花月、自分を責めちゃダメだよ!』
「和愛にだから言うんだ。俺、ここではしっかりしてなきゃだめだから。母さんもお祖父ちゃんも余裕なんて無いから……俺がしっかりしないと」
『後で行くよ。花月に会いに行く。だから待ってて』
「うん、会いたい。すごく会いたいよ、和愛」
電話を切って控室に戻る。沈んだ足音は控室の前まで。今は自分が母と祖父を支えるのだから。
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