春、来たり

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   退院の日はまっすぐ家に向かった。まさなりさんは宗田邸で静養してほしかったようだが、花が断った。 「しばらくは家を出たくないんだ。静かにのんびりしたい」 「そうだね……真理恵ちゃん。花をよろしく頼むよ」 「はい。落ち着いたら花くんと一緒に行くね」 「待ってるよ」  昼前。まさなりさんの運転するロールスロイスで送ってもらって、花は久々の我が家に足を踏み入れた。 「お帰りなさい!」 「お帰りなさい!」 「お帰り」  風花が飛び出してくる。和愛の後ろにジェイと蓮。花月が荷物を運び入れ、真理恵は蓮たちに頭を下げた。 「お蔭さまで無事帰ってきました!」 「とにかく座って、花さん!」  2人がいるのは、食事を作るためだ。昼食と夕食の分。常備菜をいくつか。  花は感慨深げに自分の定位置に座った。 「ウチだ…… 本当に帰ってこれた……」  一時期は自分でも諦めそうになった帰宅。 「諦めなくて良かった……」  そんな独り言が出て来る。  真理恵がほうじ茶を持ってくる。 「私の手料理は明日から。ごめんね、今日は蓮ちゃんたちにお願いしちゃったの」 「違うよ。真理恵さんは断ったんだけど俺たちが押しかけたんだ」  ジェイが真理恵を庇う。 「済まんな、真理恵の手料理を食べたかっただろうに」 「ううん、マリエにも今日はゆっくりしてほしいから。ありがとう、蓮ちゃんもジェイも。ああ、腹が減った! 食おうよ、昼飯!」  食欲が戻っていることが嬉しい。真理恵がすぐに食卓を整えた。 「え、帰るの?」 「午後は店を営業するつもりなんだ」 「ごめんね。また来るね」  廊下でのそんなやり取りが聞こえたから花が出てきた。 「帰っちゃうの? 昼飯くらい一緒に食べようよ」 「悪いな、また今度ゆっくり来るよ。真理恵、明日の分、買い物しなくていいぞ。冷蔵庫後で見といてくれ」 「日用品も多めに買ってあるからね」  初めから蓮もジェイも用意だけして帰るつもりだった。自宅での久しぶりの食事。家族だけで味わってほしいと思う。  駐車場まで花が見送りに出てきた。 「気を遣わせちゃって」 「なに言ってるんだ、本当に店を」 「ありがとうございました!」  蓮たちの気持ちを見通している花は深々と頭を下げた。 「ずっとこの家を支えてくれた……2人がいるから家のこと心配せずにすんだよ。心から感謝してる」 「お前が無事な姿を見ることが出来て……こんなに嬉しいことは無いんだ」 「そうだよ! 花さん、春に帰って来れて良かったね! 真理恵さんとたくさんお散歩して。それから昼寝も。もっと太ってくれたら俺たちも嬉しいんだから……」  途中からジェイは涙声だ。 「分かった。泣くなよ、ジェイ。全力でぶくぶく太るよ。そのうち店にも押しかけるから」 「それくらい元気になってくれ。じゃ、またな」 「うん。ありがとう!」  なんと言っていいか分からないほど2人のしてくれたことが有難い。車が見えなくなるまで見送って家に入る。 「さ、食うか」  今日は花音もいて、一家勢ぞろいだ。病気とは関係のない話題が弾む。8月にはもう1人家族が増える。 「お前たち、そろそろ年子はやめろよ。何人作ろうがお前たちの自由だけどな」  和愛が赤くなる。ひょいと見ると花月もだ。 「父さん! そんな話今しなくたって!」 「3人の孫だぞ、3人の。俺、まだ47だっつーの。な、マリエ」  真理恵はころころと笑っている。今は花がなにを言っても嬉しい。どんな我がままでも聞いてあげたい。そんな気分だった。  
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