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真理恵にはあんなことを言ったが、営業は来週からだ。長いこと店を休んだ。客足は遠のいているだろう。けれどこの長期休業には意味があった。
「えっと、なにかサービスしようよ」
久しぶりの開業だ、お客さんになにかしたい。
「サービスか……」
「うん。1割引きって言うのがいいと思う」
「どれくらいの間?」
「来週いっぱい! それならいいでしょ?」
「いいよ。お前の言う通りにする」
すんなり自分の意見が通ったことにジェイはびっくりした。
「いいの?」
「いいよ」
蓮はジェイを褒めたかった。途中見かけたレストランの駐車場に車を入れる。
「ここで昼飯を食べよう」
「ウチに帰らないの?」
「花も無事退院できたし、お祝いだ。ジェイ、よく頑張ったな。俺の前では泣いたけどそれだけだった。パニックも起こさなかった。どんなに辛かったか俺には分かってるよ。けどお前は自力で乗り越えたんだ。強くなったな」
「蓮……蓮がいてくれたから……俺、だから頑張れたんだ」
ジェイの目から涙が零れた。
「花さんにも褒められたよ、強くなったって。嬉しいって」
「もうお前も大丈夫だと思うよ。こんなことを乗り切れたんだから」
「うん。ありがとう」
自分でも強くなったのだと思う。花の前だけでも自制することが出来た。花に心配をかけずに済んだ。以前の自分だったら泣いて止まらなかったことだろう。
レストランの食事は美味かった。何も心配することが無い日々が帰ってくる。それが何より嬉しかった。
再開した食堂に、お客さんは大喜びで来てくれた。
「良かったよー、このまま店をやめちゃうのかと思ってた」
「ソバ屋とラーメンだけなんて我慢できなかったよ」
「コンビニの弁当も飽きるし」
そんな声をかけてくれる。学校や塾帰りの学生たちも喜んでくれた。
「待ってたんだからー、もう閉めない?」
「閉める予定はないですよ」
「良かった! 今日はワンコインのサンドイッチとアイスティー!」
「あいよ!」
約半年ぶり。それなのにお客さんは帰ってきてくれた。そのことが2人には嬉しい。
5月の半ば、水曜日。花がやって来た。
「いらっしゃ……花さん!」
「よ、食べに来たよ」
あれから何度か花の家には行ったが、花が店に来るのは久しぶりだ。
「どうしたの!?」
「たまにはここの飯が食いたくてさ。あ、魚定食ね」
「あいよ! 花、車か?」
「電車。まだ運転させてもらえないんだ」
「真理恵か?」
「花月。あいつの許可待ちなんて許せないんだけどね」
「そう言うな。心配してくれてるんだから」
「分かってるけど。ね、キンピラ無い?」
「あるよ。でも普通のお客さん用だからそんなに辛くないけど」
「いいよ! キンピラが食いたい!」
「お前、食べちゃいけないものだったらだめなんだぞ」
「違うんだって。もう食事制限なんて無いんだよ。けど作ってくんないんだ」
「まさかキンピラ食いたくてここまで来たんじゃないだろうな?」
「……そうかもしんない」
「おいおい……」
けれど花が来てくれたことが嬉しい。蓮の目配せを感じて、一応二階に行く。電話をかけた。
「もしもし、真理恵さん?」
『ジェイくん? 花くんならいないよ。散歩に行ったっきり帰ってこないの』
「今ね、ウチの店に来てるよ」
『なごみ食堂に!?』
「うん。あのね、キンピラが食べたいって。食べさせてあげてもいい?」
『まったくもう! ……ごめんね、お願い。あまり辛くしないでね』
「もちろんだよ! 大丈夫、お店のはそんなに辛くないから」
『今度ウチでも作るよ。そっかぁ、キンピラで逃亡かぁ』
電話の向こうでげらげら笑い出したからほっとした。
店に下りて蓮に頷くと、「お待ち!」と定食を出してくれた。普通の倍の量のキンピラがある。
「お待ちどうさま! たっぷり食べてね」
「うわ、たくさんある! さんきゅ!」
目を閉じて味わう姿に蓮と2人で吹き出した。
「なにさ」
「そんなに食べたかったの?」
「食べたかった! 幸せ! って感じ。お代わりは?」
「だめ! 普通よりたくさん入ってるんだからね、それ以上はだめだよ」
「ちぇ、ケチ」
久しぶりに花の我がままを聞く。なぜか笑みが零れて、ついでに涙も零れそうになった。
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