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決意
7月。花は仕事に復帰することを決めた。
「お願い、もう少し休んで」
「俺もう元気だよ。これ以上家にいてなにやるってのさ」
「せめて後一か月。どうせ夏休みが入るでしょう?」
「だからいいんだよ。出社し始めてすぐに休みが取れる。マリエもいいタイミングだと思うだろ?」
「いいタイミングも何も早すぎるって言ってるの!」
その話がだんだん激昂してくる。花より真理恵の方が興奮していた。もうあんな思いはしたくない。
花月は大学に行っている。和愛はまさなりさんに電話を入れた。
「お義父さんとお義母さんが言い合いをしてるの、お願い、2人を止めて!」
『和愛ちゃん、すぐに行くよ。理由は分かるかい?』
「お義父さんが仕事に行くって言い始めて」
『分かった。心配しないで待っておいで』
まさなりさんはゆめさんとすぐに家を出た。花と真理恵は押し問答だ。復帰すると言う。心配だと言う。この言い合いは実は三度目だ。これまでは花が折れてきた。真理恵の心配が分かるからだ。けれど、花にとってはもう限界だった。
チャイムが鳴る。和愛がすぐに玄関に出た。
「ありがとう! 来てくれて」
突然現れたまさなりさんに真理恵は縋りついた。
「まさなりさん、ゆめさん、花くんを止めて! もう仕事に行くって言うの」
みんなにとっては生死の境をさまよってまだ半年。けれど花にとっては退院してもう4ヶ月なのだ。
座る間もなくまさなりさんは花を説得しようとした。
「花、仕事は」
「止めないで、父さん。俺は生きてるんだ。生きてる喜びに震えてるくらいだよ。だから仕事に行きたい。賛成してくれるだろ? 父さんなら分かってくれるはずだ」
生きる喜びを探すために幼い花を置いて旅を重ねた2人。花の決意に満ちた目に、どうして反対が出来るだろう。真理恵を見た。すでにその目には諦めが浮かんでいる。
「真理恵ちゃん。こうなった花は止められないよ。本当は分かっているんだろう?」
「……はい」
真理恵は泣いていた。そうだ、分かっている。もう花の決意は固まっているのだから。
「私たちは見守っていこう。きっと花は生き抜いてくれるよ。そうだろう? 自分を過信しないで体調の悪い時はすぐに休む。約束してくれるかい?」
「……分かった。マリエ、そうするよ。自分の体はよく分かってる。今までみたいに仕事最優先にはしないから。だから笑って送り出してくれないか?」
真理恵の唇が震える。
「わ、たし……」
分かっているのだけれど言葉が出てこない。本当はもう仕事など辞めて欲しい……
「マリエ、お願いだ。賛成して」
送り出してしまったらこの夫はどんなに約束をしていてもきっと無茶をするだろう……真理恵の中でそんな思いが渦巻く。白血病は再発する可能性を持つ病気なのだ。
「……早出も残業もしない?」
「しない。定時で仕事する。俺だって体を壊したいわけじゃないんだ。あんな思いはもうしたくない。マリエたちにだってさせたくない」
「真理恵ちゃん、花を信じてやってくれないか? 生きたいように生きてきた私には言う権利はないかもしれない。けれどやりたいことを捨てて生きるのは苦しいことなんだよ」
とうとう真理恵が折れた。
「……分かった。花くん、翔くんや優作さんにしたみたいに健康管理してくれるなら……私も手伝うから」
「ありがとう、マリエ! ノートを作るよ。体温も血圧も欠かさずに計る。マリエの泣くようなことはしない」
真理恵の震える肩を抱いた。胸に頭を預けて泣く真理恵をぎゅっと抱きしめる。
「花、今度おいで。花音がたくさん君の絵を描いている。君を描くことが花音の祈りなんだと思う。みんなが君のために祈ってるんだよ」
真理恵と同じように涙を流すゆめさんを抱き抱えるようにして、まさなりさんは帰って行った。
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