決意

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   その夜。チャイムもならずに玄関がガラッと開いた。どすどす、と重い足取りが聞こえる。襖が開いた途端に哲平の怒鳴り声が響いた。 「花っ」 「お帰り。早かったね」 「お前、復帰するって? 俺より先に人事に話を通すってどういうことだ!」 「哲平さん、反対するでしょ。俺の意見なんか聞かないでただ反対するんだ。だから人事に直接復帰の手続きをしたいって頼んだ。結局上長の許可が要るからバレちゃうの分かってたけど」 「なら!」 「こうでもしないと本気にしてくれないじゃないか! 俺はもう仕事がしたい。マリエも分かってくれた。医者の許可も出たって言ったのに聞いてくれなかったでしょ? 診断書も一緒に提出したよ」  怒りに我を忘れていた哲平はすぐに冷静になった。 「俺は見張ってるからな」 「大丈夫だよ、マリエにも約束したから」 「そうじゃない。お前は自覚なく入れ込むから心配なんだ。職場では俺や周りの意見を聞けよ」 「そうする。マリエにも父さんにも約束した。これ以上どれだけ約束すればいいんだか」 「花っ」 「分かったって」  花にとっては今日一日は約束の日だ。遅れて花月が帰って来た。和愛からのメールでとっくに騒ぎを知っている。 「父さん」 「お前もか……帰って来たそうそうお説教か?」  少々花もうんざりしている。いくら心配されているとはいえ、もういい加減にしてもらいたいと思ってしまう。 「違う。母さんもお義父さんも賛成したんなら俺の出る幕じゃないって思ってる。けどね、父さん、夢中になると分かんなくなるでしょ? そこが問題なんだよ。すぐに大丈夫だって、その言葉が先に出る。父さんの『大丈夫』はもう信用できないんだよ」 「ならどう言えばいいんだ!」 「実行して。それしかないよ。父さんだってもう病院に入んのはいやなんだろ? 『大丈夫』って言いそうになったらそこで立ち止まって。それが俺からのお願い」  みんながそれぞれ心配していることが伝わってはいるのだ。 「父さんに次の子を抱いてほしい。その次も、その次も」 「おい! 何人作る気だよ」 「元気でいて欲しい、ってそんな生易しいこと言ってるんじゃない、父さんの命がかかってるんだよ、そのことを分かって欲しいんだ」 「花月、俺は精一杯の努力する。俺の約束できるのはそこまでだ。後は自然に任せるしかない。仕事をしていてもしてなくても、なるようにしかならないんだから」  花の復帰を伝え聞いて、多くの人間が花のところを訪れた。蓮やジェイもそうだ。 「お前、覚悟してるとかっていうんじゃないよな?」 「覚悟?」 「そんな気持ちならやめてほしいからだ。覚悟するなんて本当に最後の言葉だから」 「そういう意味なら覚悟してない。俺、まだ入り口にすら立ってないんだよ。お願い、河野さんは分かって欲しい」  仕事人間の蓮。昔退院して仕事につけなかった間も辛かった。引っ越してからも、なにもしない時間を過ごして店を始めた。店を始めるまでのあの虚無感は、ゆっくり窒息していくような感覚だった。  だが花と違う点は、命が懸かっていないことだ。 「花さん…… 死んじゃうかもしれない」 「勝手に殺すなよ! あのさ、ジェイ。なにをしててもしてなくても寿命は尽きるよ。俺は進みたいんだ。自分が生きていることを確かめながら生きていきたい」 「ジェイ、後は花の決めることだ。俺たちにできるのは……花、バックアップならする。真理恵はお前の心配で身がちぎれそうになるだろう。お前たちの食卓ならいつでも預かるぞ。俺とジェイが出来ることはそんなことだ。そして行き詰ったら話してほしい。1人でしまいこまずに」 「ありがとう。ジェイ、お前も分かってくれよ。庭の手入れをして、花枝や哲の面倒を見て、それで一生を過ごすのは俺には無理なんだ。分かるだろう?」 「……わか、る。花さんには……出来ないよ、そんな暮らし」  心が死ぬか、肉体的にもたなくなるか。どちらかを選べと言われれば、花は動く方を選ぶに決まっている。  
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