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そんな中で和愛が産気づいた。生まれたのは男児。
「和愛、この子どもの名前は俺につけさせてほしい」
「任せるよ。いい名前をつけてね」
「もう考えてあるんだ」
花月は和愛に名前を書いた紙を見せた。
「はなお?」
「違うよ、はるきって言うんだ。花は『はる』とも読むんだよ。花が生きるって書いて『花生』。いい?」
「もちろんだよ! いい名前だよ」
花49歳の孫は、『花生』と命名された。まさなりさんもゆめさんも泣いた。
「花月、和愛ちゃん、ありがとう。きっとこの子の成長は花を助けてくれると思うわ」
花生を抱いて花が呟く。
「おい、責任重大だな。俺が死ぬわけにいかなくなったじゃないか」
花になにかがあれば、この子の人生に水を差すことになる。
(花月のヤツ、きったねー)
そうは思っても、自分によく似た花生は花のお気に入りとなった。
花の8月からの復帰が決まった。
花の戦いの日々がまた始まる。花は約束を守った。定時内での仕事。健康管理。手を尽くせる限り気をつけながら、その中で花はやはり人一倍働いた。いない間に入った新入社員たちは、突然現れた上司にきりきり舞いさせられた。
「あの人、行き過ぎじゃないですか!?」
そんな言葉も飛び出す。その盾となるのは翔だ。
「いい方だよ。お前たちはまだ花部長の洗礼を浴びちゃいないんだから」
ベテラン勢も中堅どころも、花の飛ばす檄に応えようと懸命だ。
「やり直し」
部長プレゼンは幾度となくダメ出しを食らった。
「俺がいない間にずい分軟弱になったな。小野寺、それで客は食いつくと思うか? 翔! その新人、使えるように叩き直せ!」
オフィスが驚くほどに活気づく。哲平は清濁併せ呑み、R&Dをバランスよく動かしたが、本来イケイケの職場だ。やはりR&Dは花入ればこそだ。
疲れを感じると休みを取る。くらっとするとすぐに座った。病院にはきちんと通い、自分の体をコントロールする。周りが気づく時もある、顔色が悪い、と。哲平はすぐに花の帰宅を命じた。花は諦めたように両手を挙げてギブアップをすると帰り支度をした。時に翔が自宅に送る。それでも仕事では鬼のように働いた。
1年と7か月後、再発をする。その日は朝から微熱を発し、ぞわり、とする感触があった。洗面をしていると鼻血が垂れた。
「マリエ!」
「はい!」
「会社に電話入れて。俺、休む」
その場で座り込んだ花の脇に真理恵が膝をつく。鼻を押さえている指の間から血が垂れた。洗面台を背中にしてもたれかかった花にタオルを渡し、真理恵は叫んだ。
「花月! 病院!」
出かける支度をしていた花月は荷物を放り出して洗面所に飛んできた。
「父さん!」
「わる……」
貧血を起こしているのが分かる。
「母さん、病院に電話! 俺が連れて行く、その方が早い!」
「分かった!」
その日からまた闘病生活が始まった。
何度か繰り返す。再発をするたびに花は痩せて行った。だが仕事を辞めるとは言わない。もう誰も説得しようとはしなかった。
「仕事と……心中するの?」
真理恵が聞く。
「違うよ、マリエ。仕事をしようとする限り、俺は生き続ける。言って、負けるなって」
真理恵は涙を落としながら笑顔を見せた。
「負けるな、花! ……負けちゃいやだ…… 頑張れ、花!」
真理恵の願い通り、花は負けない。もうだめだ、と医師が首を振っても蘇る。花にとって家族はなにものにも代えがたいものだ。その家族を支えるのは、自分の存在だ。そのために生きる。そのために仕事をする。
「人には分かんなくてもいいんだ。俺には俺のやり方がある。俺は俺の信じる道を歩いていくよ」
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