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海へ
幾度目かの寛解期。病状が落ち着き、安定した時期だ。
「海に行きたい」
そう花が言うから、家族総出で海に行くことにした。ゴールデンウィーク。天気はなごやかでも海となればちょっとした日焼けもする季節。
今回の再発では危ないところまで行った。花も今度ばかりはすぐの復職を考えていない。だからまさなりさんは花の願いを叶えてやりたい。
まさなりさんのバスを使って大勢で行った。社員旅行じゃない、だから自由参加だ。こうなれば招待旅行だから経費は大手を振ってまさなりさん持ちになる。まさなりさんの念願が叶ったようなものだ。けれど遠くではない、なにかあれば病院に行ける場所。房総。
バスに乗り込んだのは宗田本家、花一家、宗田分家(花月一家)、花音。ジェイと蓮。R&Dからはいつものベテラン、中堅どころ。家族で来たり夫婦で来たり。ゴールデンウィークだから大阪からは和田が参加し、広岡、石尾も参加した。さらになごみ亭からも匠海一家、源とのんの、伴一家、純ちゃん一家。純ちゃんももう1児の父親だ。しのぶさんはとっくに嫁いでご主人と静岡で暮らしている。
「こんなに集まるのは久しぶりだな!」
蓮と哲平が感慨深げに言う。最近のR&D社員旅行では、家族旅行に主流を取られ、ベテランも中堅もほぼ決まった顔ぶれ。あとは新人ばかりとなり、ちょっとした研修旅行になりつつあった。今回はプライベート旅行だから新人そのものがいない。昔に返ったようなそんな旅行だ。
幹事は澤田がやったが、そうガチガチのスケジュールを固めていない。席順もそれぞれに任せてある。3泊4日の旅だ。
体のあちこちに痣が残っている花は、薄手の長袖のジップアップパーカーを着ていた。両隣りは真理恵と花音。前方のサロン席で、一緒にまさなりさん、ゆめさん。ジェイと蓮がいて、哲平たちベテランがいる。後部は子どもたちが占めていた。そこに花月と和愛はいる。時を経て、子ども係は真理恵から花月夫妻に移っていた。賑やかな笑い声を響かせながらバスは一路房総を目指す。
途中で休憩も兼ねて、びわ狩りをすることになっていた。木が低いから子どもでも楽しめる。小さい子どもには親が食べさせてやればいい。
わくわくしながらびわ園に入って行ったのは子どもたちともちろん、ジェイ。一粒一粒を害虫や悪天候から守るために紙袋に包んであるのを注意深く剥がす。中から美しいびわの実が見えて来る。
ジェイは最初の一粒を花に持って行った。
「俺、甘いの食わねぇってば」
「お願い! あのね、初物を食べると長生きするんだって! これ一つでいいから食べて」
その心が分かるから、花はしぶしぶ口に入れた。取れたてのびわは水分をたっぷり含んでおり、瑞々しくて爽やかな味がした。びわだから甘すぎることも無い。
「これ、結構美味い!」
そこからはせっせと花のために良さそうなびわを運んだ。
「もういいよ、お前も食べろよ」
「でも」
「いいって。充分食ったから。これなら何十年でも長生きできそうだ」
「ほんと!?」
「ああ」
嬉しそうな顔をするから花も思わず笑った。見ていた真理恵やゆめさんががそっと涙を拭う。濡れティッシュを花に渡し、その拭き終わったごみを受け取る。遠目に花月の口元にも笑みが浮かんでいた。
びわのアイスクリームがあると聞き、ジェイは欲しがった。
「もう! 子どもたちにはダメって言ってるのに!」
陽子たち女性陣がジェイに怒る。
「ごめんなさい……俺、我慢する」
あまりにしょげているからこっそりと花が買ってきた。
「花さん!」
ジェイが嬉々として受け取る。
「しょうがないなぁ、バスの方で食って来い。すぐに戻れよ」
「うん! ありがとう!」
「まったく……俺の病気よりあいつの糖尿の方がよっぽど心配だっつーの」
花の呟きが蓮に聞こえた。
「そう言ってまた甘やかす……心配だって言いながらお前のしてることはなんだ?」
「やべ」
「一応言っておく。あいつの血糖値は正常だ。安心したか?」
「ならいいんだけどさ……あいつが甘いもん欲しがると買ってやりたくなるんだよ」
「お前はジェイにベタ甘だな」
お呼ばれした源やのんのはこんな旅行に縁がない。やたら恐縮しまくって、ジェイが世話係を担当した。
「俺たち良かったのかな、一緒に来ちゃって」
「なんで? お互いみんな知った仲なのに遠慮なんておかしいよ」
広岡がそばに来る。
「久しぶりに会えて嬉しいよ! なごみ亭に今度食べに行くから」
と言ってくれた。源ちゃんはそれだけでほっとした。
匠ちゃんは花月と仲がいい。まだ高校生の頃、花月と和愛がしょっちゅうなごみ亭でデートをしたからだ。時々その頃のことでからかわれて和愛が赤くなったりしている。
伴はこの旅行を本気で断ろうと思っていた。けれど匠ちゃんや蓮に強く誘われて参加をした。竹割ちゃんが甲斐甲斐しくその補助をする。
「いい夫婦だよね」
そんな2人を浜田が微笑ましく見ている。
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