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一同はそのまま海に向かった。まさなりさんは、近くにあったホテルの部屋を相当数借り切ってある。
「足りなかったら言っておくれ。予備に押さえてある部屋もあるから」
その声を聞いて、2室を追加して借りることになった。
「すごいな、花の親父さんって」
「今さらだろ、あの人は普通じゃないって分かってるくせに」
「そうだけどさ」
和田と野瀬の小さな会話は、各人の心の呟きと同じだ。結局16室を借りることになり、料金の話をするとまさなりさんに「なんのことかな?」とにっこり笑われて終わった。
午後は、近くの散策をしたり、レンタカーを借りてちょっとドライブをしてみたり。それぞれが自由に動き回る。蓮とジェイは散策組だ。
「凄い旅行だね!」
「まさなりさんの夢が叶ったってことだ」
「夢だったの?」
「ずっとみんなに何かしたいって思ってたから」
「いつもなんでもしてくれてるのに」
「特に旅行はあの人の中じゃもの足りなかったんだよ。しばらくしたらまた何かしたいって思うだろうな」
「まさなりさんってすごいね」
なにも疚しさが無い。見栄も無い。善意の心があるだけだ。それを利用しようと近づく者もいるだろう。けれど圧倒されてしまうに違いない、1を望めば100で返す人なのだから。
「明日はいちご狩りか。お前にとっちゃいい旅行だ」
蓮がジェイの鼻を弾く。その鼻を守りながらジェイは不貞腐れた。
「俺にだけなの? 蓮は楽しんでないの?」
「楽しいさ! いろんなことがあった…… けどこうして1人も欠けずに一緒に旅行を楽しめる。奇跡だと思うよ、本当に。それを見ているだけで俺は嬉しいんだ」
蓮の言う意味が分かる。ジェイもほんわかした気持ちになって、つい鼻から手を放した。すかさず蓮の指が動いた。
「痛いよっ、なにすんの!?」
「いや、楽しいなって思ってさ」
「意味分かんない!」
二日目は計画通りに11時頃からいちご狩りとなった。『いちご狩り』。これは花にとっては念願のイベントだ。遠くさかのぼって、ジェイの”あの入院”の時に『いちご狩りに連れて行きたい』と言ったのをよく覚えている。その約束がやっと果たせた。
「すごい! すごいよ、花さん! 見て、あんなにいちごがあるよ!」
「そりゃそうさ、なにせいちご園なんだから。30分食べたい放題だ、うんと食べて来いよ」
「うん、行ってくる!」
しかし、今日も良く熟しているところをいくつも摘んで持ってきたのは花のところだ。
「いちごはいいよ!」
「だめ! 初物は食べて。あのね、甘いだけじゃないから。これ、酸味も結構あるから。摘んできたこれは全部食べてね!」
全部、と言っても5粒だ。心の中では有難いと思う。ジェイの中で今最優先なのは花のことなのだから。
「食べて、花くん。私も初物食べて欲しい」
真剣な顔で言う真理恵に、仕方なく頷いた。まるで薬でも飲むような顔だ。
ジェイの言った通り、甘いだけではなかった。ほのかな酸味があって、5粒くらいはなんとか食べられた。
(良かった! 食い終わった!)
そこへ花枝が歩いて来た。
「はなじ、たべて」
もう4歳だ。女の子だからお喋りが達者だが、いくら教えても『花じぃ』ではなく、『はなじ』となってしまう。哲平が『じぃじ』だからそこで止まってしまうのだろう。
「花枝、もうお腹いっぱいだよ」
目線の高さにしゃがむと口にぐしゃっと押し付けてきた。
「たべて!」
近くで哲を抱いた哲平がにやにや笑っているところを見ると、哲平の差し金に違いない。孫娘の願いを聞かないわけにも行かず、花は仕方なく口を開けた。
「もうお腹いっぱい。花じぃはもう要らないからね」
なんとかそれで逃げ切った。
相変わらずだが、今日いちごのソフトクリームを頬張っているのはジェイだ。怒られるから、子どもたちの目が向くより先にさっさと買って食べている。
「お前はー!」と周りに言われているが、逃げ回りながら食べた。
「大人失格だ!」
広岡が言うのを聞こえない振りをする。
「蓮ちゃん! ちゃんと管理してよ!」
「無理だ、あの甘党は筋金入りだ」
蓮もこれに関してはさじを投げている。
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