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いちご狩りに満足したのは大人も子どもも同じだ。
「こうやっていちご狩りだなんて、結構自分では来ないよな」
石尾が言う。意外と来そうで来ないものだと思う。
「まさなりさんに感謝だね! 俺んとこも来ないだろうって思うよ」
翔が腕にぶら下がる四男を抱えて、花に鍛えられたマッチョぶりを見せる。
「どうだ? すっかり傷はいいのか?」
「全然! もう検査にも行かないし何も問題無いよ。しっかりリハビリさせてくれた花さんのお陰だ」
「花さん……もう落ち着くといいな」
石尾がバスの方に顔を向ける。疲れたらしい花は、今バスで真理恵と一緒に休んでいる。
翔が暗い顔で答えた。
「本当に……あの人があんな辛い目に遭うのが俺には堪んないんだ」
「分かるよ。花部長は理不尽な鬼でなきゃ! なにせ理不尽大王の河野部長の二代目なんだからさ」
横にいた哲平が2人に話しかけた。
「大丈夫さ、あいつの減らず口は健在だから」
哲平は自分の補佐に花を育てたかった。そしてゆくゆくは自分が社長になり、花を常務に。けれどその夢は儚いものとなった。もう自分のお守りはさせたくない。花の望む通りに開発畑に置くつもりだ。
三日目。明日には東京に帰る。だから一日自由行動ということになった。物づくりの体験を楽しむ親子。サーフィンにトライするやや若手。水泳にはちょっと早いから釣りにいそしむ連中。
花がジェイと蓮と哲平を誘った。
「ね、ボートに乗らない?」
「ボート?」
「沖に行きたくてさ。ずっとボートに乗りたかったんだよ」
3人はすぐに賛成した。
あの再発はひどかった。本当に諦めかけた、危篤状態が続いた二日間…… 会社からも多くの面会者が訪れた。もちろん会うことなど出来ないと分かっていてもみんな来ずにはいられなかったのだ。今度こそ最期かもしれない、と。こうやって動き回るようになれたのにもずい分時間がかかった。
哲平が船外機船とライフジャケットをレンタルする。船外機とはボートなどに設置される取り外し式のエンジンのことだ。6人乗りのゴムボートだから、4人ならゆったり乗れる。
船外機で沖へ沖へと進んだ。ある程度進んでエンジンを止めて哲平と蓮がオールを掴んだ。サングラスをかけた花が遠く海の向こうに目をやる。
「この前のさ」
再発のことだ。
「マジ、ヤバかったって思う。マリエの声が聞こえて……それにしがみついてた気がする」
みんな花の独り言のような話を黙って聞いていた。波に逆らうようにしてオールで漕ぐ。そんなに陸地との距離は変わらない。
「みんなの顔も浮かんだよ……でも脈絡なくってさ、ああ、死ぬときってこういうもんなのかぁ、とか思っちゃってさ。でもしつこく戻って来た」
ほとんど冗談めかして言っているが、花の戻れた要因は真理恵の呼びかけだ。
『頑張れ、花!』
『負けるな、花!』
『戻ってきて、花!』
溢れるほどの愛情がそこにある。そのために必死に足掻いて生を求めた。
「やりたいこともあったしね」
「やりたいこと?」
哲平が聞く。ジェイは泣きそうになるのをぐっと堪えて聞いている。蓮は黙ってオールを動かしていた。
「うん。あいつ、花月。いったい何人子ども作んのかって、それ見届けなくちゃって。もう4人だろ? 花生が生まれて終わりかって思ったんだけど、まさかもう1人作るなんて思わなかったよ。年子は止めろって言ったらちゃっかり1年空けやがって」
哲平は声を上げて笑った。4番目の子は女の子だった。名前は『真枝』
「なるほどね! だから1年空いたのか!」
「あの調子じゃ哲平さんのために10人作っちゃうんじゃないかって心配なんだよ」
哲平の口元に笑みが浮かぶ。和愛ならやりそうな気がして。
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