海へ

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   蓮はジェイを置いて、まさなりさんのテーブルに移動した。ワインを勧めると「ありがとう」と言ってグラスを空ける。みんなが注ぎに来ているのだから相当飲んでいるはずなのだが、相変わらずどこかが変わる気配も見せない。 「この旅行、本当に嬉しく思っているんだよ」  まさなりさんは広間を見回した。 「初めて花に怒られずに皆さんに旅行の場を提供できた」 「花、怒らなかったんですか」 「ええ、怒らなかったの。澤田さんと相談しながら好きなようにやっていいって」  ゆめさんも嬉しそうだ。花もやっと親の管理をやめたに違いない。親離れとも違う、不思議な感覚だ。 「これは俺の勘なんですが」 「なんだろう?」 「もう花は再発しないんじゃないかなと思ってるんです」  まさなりさんゆめさんが身を起こした。 「花は充分苦しみました。多分一生分。そう思うんです」 「そうかい!? そう思うんだね?」 「ええ。でも俺の勘ですけど」  願い、とも言っていい。祈りとも。 「そういう勘なら有難いよ! そうだろう? ゆめさん」 「本当に。私ももう充分だと思うわ。それでなくても普通の人がしなくていい苦労をしてきたんだから……」  この2人こそ、普通の親とはまったく違う苦労をしてきたのだろうと思う。これから先もきっと花とはあれこれあるだろうが、この親子の情愛は誰にも分からないほどに深いに違いないと思う。 「将来の話、最近よく考えます」  今日は蓮も気持ちが解れているのか饒舌になっている。 「ジェイくんとの?」 「俺たちもだけど」  蓮が周りを見る。 「この仲間……家族たちとの繋がりを考えるんです。いつかは子どもたちが巣立っていく。その後のことを。これは俺の願望で、誰にも言ったことがありません。一つの大きなシェアハウスにでもみんなで移り住んで暮らせれば、と。そんな夢を……実は、先月そういう夢を見たんですよ。まだ遠い先のことですがね。それぞれがばらばらに暮らすのではなく、そんな未来があってもいいなと思っています」 「それは素敵だね!」  まさなりさんの反応でハッとして、一瞬で酔いが醒めた。ついうっかり酒の勢いもあって口走ってしまった。目の前の人にはそれだけの実行力があると言うのに。 「あ、単なる俺だけの夢ですよ、誰だって個人の夢がありますから」 (とんでもないことを言ってしまった……) 焦った蓮はなんとか言い逃れをする。 「そうか…… でも素晴らしい夢だと思うよ。どんな人でもいつかは配偶者と自分だけの世界になってしまう。そんな時に頼れるのはこういう仲間たちなんだろうね」  ふっと気になって聞いてみる。 「まさなりさんとゆめさんは寂しく思ったことがありますか?」 「私たちが? 少なくとも私は無いよ。ゆめさんは?」 「私も無いわ。今でも海外に行けばその先でやれることがたくさんあるし。こうやって日本にいれば花たちや皆さんがいる。寂しく思うことなんか一つも無いの」  そう微笑むゆめさんは、充分満たされている顔だった。  
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