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イチは柴山と優作を連れて事務所を回っているのだと言う。
「引退して良かったよ。もうあちこち回らねぇで済む」
「暇してるんじゃないかって心配してましたが」
やっと落ち着いた蓮はお茶を飲みながらそう笑った。
「とんでもねぇ! 財務のことはまだイチを仕込んでる最中だし、ウチにいても結構忙しいんだ。あいつもだいぶ飲み込んできたんだが、こういうことにはセンスってのが必要だからな」
確かに経理というものは得手不得手がある。
「大変ですね。組長ともなるとそういうことにも手を出さなくちゃならないんですね」
親父っさんは興味があって自分からその世界に浸ったからいいが、途中で引き継いだイチにはきっと大変な苦労が待っていることだろう。
「柴山がいるからすぐに困ることもねぇだろうが。柴山にしたって年だ」
すでに西村は引退し、副長だった東阪が後を継いでいる。堂元は踏ん張っているが、時間の問題だろう。瀬川にしても今自分の下の者たちにハッパをかけている最中だ。みんな隠居になる日が近い。
「ここまで組を張って来られたんだ。50年。長かったような短かったような」
「50年……親父っさんってすごいね! 俺、まだその年にもなってないもん」
「ジェイは変わらねぇな。ずっとそのまんまでいいんだからな」
親父っさんが目を細める。
花のことでジェイはぐっと精神的に成長した。だが子どもっぽさが消えること無は多分ないだろう。
「詫びの印だ、大将、飯食ってってくださいよ」
テルがそう誘ってくれたから蓮は甘えることにした。
三途川家は洋一以降、若い者を本家に入れていない。イチは近いうちに他に居を構えることになるらしい。きっとそこに若い者たちを詰めさせることになるだろう。柴山はイチについていくことになる。組長を守る者を育てなくてはならない。
「明日は店かい? おっと、今日は金曜だった。良かったら泊まっていかねぇか?」
「ジェイ、どうする?」
「俺、泊まりたい! 久しぶりに朝の掃除をしたい」
用を足して外から帰って来たカジがそれを聞いて吹き出した。
「ジェイは変わらねぇ…… 明日は俺の番だ。一緒にやるか?」
「うん!」
「カジもそろそろ掃除は引退すりゃいいんだが。こいつも強情でな」
カジはイチより6つも年上なのだ。蓮の9つ上。
「まだどこもなまっちゃいねぇんでね。親父っさんの気遣いは要らねぇですよ」
蓮はここに来ると頭が下がる思いがする。みんな謙虚で働き惜しみをしない。自分も負けてはいられないと思う。
「じゃ、俺も一緒に早起きしますよ。朝飯、俺に任せてください」
蓮にとっちゃ早起きなどどうということもない。ここの人たちに少しでも楽をしてもらいたい。
「いや、せっかくの休みに」
カジが遠慮する。
「俺の本分ですから。カジさん、俺には任せられませんか?」
「……参ったね。そう来られちゃ…… じゃ、大将、頼みます」
蓮はジェイと顔を見合わせて笑顔を交わした。そんなことでいくらかでも今までの恩返しを出来るなら喜んでやりたい。
(そうだ、明日も泊まっていくか)
そう思った。
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