久々の三途川家

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   昼過ぎびっくりする訪問客があった。 「こんにちはー」 「お、来たね」  親父っさんが廊下の方に顔を向けた。 「入れ入れ! 今日は大将もジェイも来てるぞ!」 「え、ホントですか!」  浜田だ。声を聞いてジェイが先に玄関に出た。 「浜田さん!」 「よ。先週以来だね」  そう日も経ってないからその挨拶が可笑しい。 「遊びに来たの?」 「似たようなもんかな」  蓮が驚いた顔で親父っさんを見た。 「たまに日曜、ああして来るんだよ」 「親父っさんに会いにですか?」 「俺もだろうが、木をな、見に来るんだよ」 「庭の?」  親父っさんが頷く。 「兄貴、来てたんだ」 「お前が来るとは思わなかったよ。未来たちは?」 「未来は草野球。縁は陽子と買い物に出かけた」  旅行で一緒にいても蓮は子どもたちが気にかかる。 「そうか」  親父っさんが「気が利かねぇ!」と小さな声で怒る。 「おい、誰か茶を持ってこい!」 「はい! 今!」  洋一の声が返った。すぐにお茶と一緒に、蓮が房総から送った煎餅が一緒に出てきた。いつものように味噌と煎餅を送ったのだ。 「いつもありがとよ。煎餅はあっという間に売れたちまったよ。それで(しま)いだ」  遠慮することを親父っさんは好まない。ジェイがすぐに手を出し、みんなでバリバリと齧る。 「夕飯までゆっくりしていけるのかい?」  親父っさんが浜田に聞く。 「いえ、飯はウチの方で用意してるので」 「そうかい。ま、ゆっくりとしてってくれ。俺ぁちょいと昼寝だ」  親父っさんは一定の時間に昼寝をするように心がけているようだ。 「これも俺の健康の秘訣だよ」  そう言って洋一に支えられながら奥に入って行った。 「木を見るって、なに?」  ジェイが好奇心いっぱいに聞く。 「初めてここで世話になった時に親父っさんに『木を見てくれ』って言われたんだ。それから時々こうやって見に来てる。元気かどうかってだけなんだけど、俺の方が庭木に元気をもらってるんだよ」 「木に?」 「そう、木に。気持ちが穏やかになるからさ。ジェイも一緒に見に行くか?」 「行く!」  蓮も興味が湧いて、3人で揃って中庭に出た。そう言えば昔聞いたことがある。あれはR&Dの忘年会の日。浜田が車の中で自分の意思で自分の過去を語った時だ……  ジェイには浜田が一本一本の木に触れながら上を見上げるのが不思議でならない。 「あの時か……思い出したよ、話を聞いたのは夜だったな」 「うん。兄貴にここに連れて来られて良かったって思う。そのお陰で俺も変われたんだ」  もう10年以上も前の話だ。 「お前は偉いな」 「なんだよ、急に」 「いや……そう思うんだよ。お前が弟で良かったってな」  浜田はくすぐったい思いで頬を擦った。  浜田はそう時間もかけず、2人に見送られて帰って行った。 「不思議だね。みんな繋がってるんだよね」 「そうだな。俺が初めて来たときにはケンカ腰だったが……あれからいろんなことがあった。今じゃ懐かしいよ」  あの時はとにかく頭に来ていた。忙しいのに戦力のありさが無断欠勤。電話しても携帯には出ず、イライラしてこの家に来た。ありさは携帯も取り上げられていたのだ。 「蓮、ここを継いでたかもしれないんだよね」  ジェイがあの頃を思い出す。本当にそうなっていたら蓮と出会うことも無かっただろう。 「最初からそんな気は無かったさ。あの頃はやくざが嫌いだった」  それが、何度もありさに引っ張り込まれてその内に親父っさんの生き方に惹かれるようになった。イチがありさに好意を寄せていることも知らず、やきもきさせていただろうと思うと申し訳なくも思う。 「ここ、組長さんの家じゃなくなるんだよね」 「今はまだイチさんがいるから組長の家だよ」 「でも出てっちゃうし…… ね、『三途川組』っていう名前は変わらないの?」  そんなことを考えたことも無かった。それじゃ寂しいと思う。 (じゃ、何組になるんだ?) イチの本名さえ知らないことに今さらながら思い至った。 「……ここの人たちの本名を俺は知らないよ……優作だけか、知ってるのは。医者の佐野先生と同じ名前だと思ったから」 「そうなの!?」 「ああ。それなのにこんなに長いこと付き合いが続いてる…… 人の縁って不思議なもんだ」  蓮は今でも『テル』の愛称が名前から来ているものだと思っているのだから。  
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