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結局2人は3日間たっぷりと三途川家の食事の世話をした。
「大将たちの休みが潰れちまったな」
親父っさんが申し訳ないと頭を下げる。
「そんなもの……年中休んでますからどうってことありませんよ」
そう答えると嬉しそうな顔をした。
「親父っさん、聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「イチさんが跡目を継いで、ここの組の名前はどうなるんですか? 変わるんですか?」
「『三途川組』じゃなくなっちゃうの!?」
ジェイも真剣な顔だ。
きょとんとした親父っさんが、わっはっは! と大声で笑い出した。
「変わんねぇよ、組の名前はそのまんまだ。代々続いた三途川組がそんなにあっさり名前を捨てるわけがねぇ。第一名前を変えれば面倒なことがつきまとう」
あちこちの多くの事務所を束ねているのだ、確かに名前を変えるとなるととんでもないことになるだろう。対外的な問題も出てきてしまう。
「じゃ、このままなんだね? 良かった!」
ジェイだけじゃない、蓮もほっとした。自分たちがなにを困るわけじゃないが、寂しくなることに変わりはない。
「ありがとよ、そんな心配までしてくれて。イチが聞いたら慌てるだろう、『須藤組』ってことになるんだからな」
「イチさん、『須藤』って言うんですか!」
初めてイチの苗字を聞く。
「知らなかったのかい?」
親父っさんが驚く。
「本名を知っているのは優作だけなんです」
ちょうど来たテルがすぐそばに座った。
「じゃ、俺の名前も知らないってわけかい?」
「……すみません」
「俺は『八木順一』だ。カジは『梶野勇吉』、洋一は『寺田洋一』。知らなかったとは驚きだよ」
テルも親父っさんと一緒に大笑いだ。
「八木順一さん……じゃ、『テル』っていうのは?」
「参ったね! この年になってその説明をすることになるとは思わなかった!」
そういいながら、見事に禿げあがった頭を掻く。
「俺は若い時から頭が剥げてたろ?」
蓮は同い年だからそれには頷きにくい。
「だから『テル』ってあだ名がついたんだよ。付けたのはお嬢だ、当時はずい分恨んだもんだ」
「三途が…… そりゃ逃げられないね!」
蓮も笑ってしまった。ありさが相手じゃテルが敵うわけが無いから。
帰る時には優作が門まで見送ってくれた。
「花に伝えといてくんねぇかな、今度ここに来いって」
「うん、分かった! 伝えとくね」
ジェイがにこっと笑う。蓮は優作に手を上げて車を出した。
次の水曜日、開店早々来た高校生が真面目な顔で聞いて来た。
「蓮ちゃん! もうお休みしない?」
「あ……悪かったね、急に休みにして」
もう休まないか? と確認していた女の子だ。
「週に3日しか開いてないのに来たら張り紙してあるんだもん。また長くお休みするのかと思っちゃった」
「もう休まないと思うけど……ごめん、約束できないんだ。友人が具合悪いからまた休むことがあるかもしれない」
約束できるようになりたいと思う。けれど、もし花になにかあれば……
(いや。俺の勘は当たるはずだ)
そう信じたい。だから強く念じる、これは当たると。もう花の再発は無い、と。
有難いものだ、お客さんは突発的に休みを取るこの店を、それでも気に入って大事にしてくれている。
「ジェイ! ワンコインの和風パスタお願い!」
「蓮ちゃん、ビール!」
そんな声を聞くと店をやっていて良かったと心から思う。
『来たよ、蓮ちゃん』
その言葉が嬉しい、有難い。このなごみ食堂でもそんな馴染み客がたくさん出来た。
「この店が俺の生きがいだよ」
蓮の言葉にジェイが笑顔で頷いた。
「俺も! 蓮と一緒にこの店をずっとやっていくんだ」
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