日常

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  「酒、無いぞ」  そんなにしょっちゅうビールだなんだと置いてはいない。池沢がにやっと笑った。後ろに向けて、くいっと親指を曲げる。 「いろいろ買ってきましたよ」  尾高と翔とリオが両手に下がった重そうな袋を見せる。日本酒とビールだ。 「まったく、いなかったらどうする気だったんだ?」 「そん時はなごみ亭!」  陽気に言うのは浜田。親父っさんのところで会ったばかりなのだから苦笑してしまう。 「運転大丈夫だったんだろうな、酒飲んでないのか? 帰りはどうするんだ?」 「花んちはアルコール禁止になったんだ。だからこっち来たの。みんなで電車で移動!」  澤田が嬉しそうだ。よほど真理恵に怒られたらしい。 「そ! マリエがそう決めたんだ。俺が可哀そうだからってさ」 「それでこっちに飲みに来たら意味変わらんだろう!」 「お目付けがたくさんいるから大丈夫だよ。花はお茶って真理恵ちゃんに釘差されてるし」  尾高の返事に安心した。どうやらみんな、泊っていくのが確定のようだ。 「呆れるよ、お前たちには」 「そう言わないで。来週からまた『鬼常務』にこき使われるんだから」  そういう田中は、4月から常務になる。哲平のケツ持ちを務めるための布陣だ。哲平はこれから大っぴらに『宇野派』を育てていくのだ。    早速ジェイが冷蔵庫を開ける。蓮は仕方なく包丁を握った。今日、明日と食べようと思っていたマグロの大きな塊がある。それは刺身だ。 「一ノ瀬くん、庭になってる枝豆とトマトとナスを取って来てくれる?」 「了解!」 「俺も手伝うよ」  中山も一緒に庭に出て行った。河野家の菜園は結構幅広く野菜を賄っている。ただ、たっぷりと育ててはいるが、枝豆は充分とは言えないだろう。 「俺のビールのつまみが消えてしまう……」 「蓮、次々に育ってるんだから大丈夫だよ。来週また収穫できるよ」  蓮の哀し気な呟きが聞こえてジェイが慰めた。 「簡単な料理しか作らないぞ!」  不貞腐れたような声で蓮は怒鳴った。 「いいよー、俺たちもいろいろ買ってきたから!」  澤田からそんな返事が返ってくる。翔がジェイから受け取ったつまみになりそうな物をテーブルに運んで行った。  開け放した窓から夕方の涼しい風が入り込んでくる。今日は比較的気温も穏やかで、エアコンを切っていてもそれほど苦にはならない。夏の強い日差しの間から秋が見え隠れしている。  花はここに常駐している『花専用座椅子』に座って庭を眺めていた。テーブルに刺身を置いてジェイが話しかける。 「先週はね、親父っさんの所に行ってたんだよ。優作さんが花さんに遊びに来てくれって伝えてほしいって」 「そっか。親父っさんとこ、しばらく行ってないもんなぁ…… 近いうちにマリエと遊びに行ってくるよ」  ジェイには花がそんな『お出かけ』が出来るようになったことが嬉しい。そう言えば少し肉がついて来たような…… 「ジェイ! こっちに来て手伝ってくれ!」 「はーい!」  機嫌の直ったらしい蓮に呼ばれてジェイは台所に戻った。なんだかんだ言いながら、蓮はあれこれと料理を作っている。ここに来たからにはみんなに喜んでもらいたい。 「しょうがない、飯も炊いてやれ。どうせ腹が減ったとか言い出すに決まっている」 「うん!」 「ウチに来て食うもんが無いなんて言われたくない」  そう言う蓮の口調は、言葉ほどにはきつくない。みんなのために、炊飯ジャーも一升炊きを買い足してある。  たっぷりの料理が次々と並ぶ。ジェイと蓮が座るのを待たずに箸を持つ仲間たち。そんな様子が2人には堪らなく嬉しい。  まるで旅行の続きのように話が盛り上がる。まだ告白していなかった失敗談。昔、こっそりと生まれていた他の部署の女の子への憧れ。『鬼』から受けた厳しい洗礼。R&Dが生まれた頃の苦労談……  みんなが思い出す、それぞれの『あの日』『あの時』を。  ひと段落した蓮とジェイがみんなに混ざった。 「取り敢えずは乾杯しようか。蓮ちゃん、音頭お願い」 哲平の声で全員が座り直す。蓮がグラスを掲げた。ジェイと花はジュースやお茶を。 「じゃ、乾杯!」 「乾杯!」  まだ明るい空に仲間たち、いや、家族の声が響いた。 -その11- 完 『ジェイと蓮の愛情物語』完結  
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