最初の言葉

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最初の言葉

  「ふうちゃ」  花枝が最初に発した言葉はそれだった。子どもは子どもに惹かれる。そういうものだ。そして風花はまだ中学生。自分に妹が出来たような気持ちで花枝を猫っ可愛がりしている。 「ふうちゃんが帰ったよー」 「ふうちゃんとお散歩行こうね」  みんな油断していた。自分こそ最初に呼ばれるだろうと。 「ふうちゃ」  その一言は、特に周りの男性軍にショックを与えた。 「おとうさんだよ!」  花月が足掻く。 「はなじぃ、ほら、はなじぃだよ」 「じいじ、言ってごらん、じいじって」 「なんで風花なんだよ!」  花月が花枝に文句を言っている。 「しょうがないよ、散歩とか連れてってくれるし。風花ちゃん、花枝にはお喋りさんだし」  風花は友達とあまり喋る方じゃない。引っ込み思案とも違う、常になにかを考えている風で、友だちも近寄りがたくなっているのだ。それでいて寂しいとも思っていない、そんな風花を両親は心配している。だが、こうやって花枝と暮らしてみて、子ども扱いが上手いことが分かったのだ。 「勉強しか興味の無かった子にこんな特技があったなんてね」  真理恵はそっちの方が嬉しい。この両親を持ち、双子の兄姉を持ち、そして背景にいる人物たちを抱え、妙に大人びて冷めた子どもに育ってしまった。だが、こうしてみるとやっぱり女の子なのだと。 「卑怯だ」 「なにが?」  花月が和愛に物申す。 「『ふうちゃん』って発音しやすくないか? そのせいだ、親以外の名前を先に覚えたのは」 「なにやきもち妬いてるの? 困ったお父さんねぇ、花枝」 「和愛は悔しくないの? 一番そばにいて育ててんのに」 「あのね、女親って忙しいの。特に次の子がお腹にいるんだから。元気に育ってくれてるのがなによりだよ」 「女って現実的なんだ」 「いいから寝なさい! 明日からでしょ、仕事は」  いろいろ夫婦で激論を戦わせた末に、花月は通学しながら建設現場でバイトをすることにした。実入りがいい、ストレスが溜まらない。いつでも打ち切ることが出来る。 「きっと疲れて勉強に集中できなくなっちゃうよ」 「そんなことにはならないし、しない。大丈夫、スケジュール調整しながらやっていくから」  花月はワークライフバランスがいい。つまり何かと何かを両立させることが上手いのだ。中学でも高校でも、部活と勉強と文化祭実行委員だの体育祭実行委員だの。やっているのが一つも苦に感じているようには見えなかったし、実際花月には苦になっていなかった。 「俺ってさ、ながら族なんだよ。あの人たちの間で育つと器用になるしか無いんだ」 『あの人たち』というのは周りを取り巻く大人たちだ。 「なるしかって?」 「いろんな種類の会話に浸ってたからね。和愛だってそんなとこあるじゃないか。友だちの相談にあれこれ乗ってただろ?」  確かにそうだ。人の話を聞き、分析するのが得意だ。 「でも……無理だけはしないでね」 「しないよ、俺のお姫さま」  ぽっと赤らむ和愛だった。 (うーん。確かにしんどいな)  初日、花月はそう感じた。体がまだ慣れていない。新人だからもらう仕事は半端仕事ばかりなのだけれど、まだ要領が悪い。初日は頭の中で道具の名前を思い浮かべている内にすとんと眠ってしまった。  二週間目。最初の頃よりはマシに動けた。花月のあだ名は『学生』だ。「おい、学生!」そう呼ばれる。現場の人たちに比べれば体もひ弱に見えるだろうし、口だけの人間にも見えるだろう。まさか2人くらいまとめて投げ飛ばすことができるようには見えない。  花月は見た目の体つきも大事なのだと気づいた。たとえばここに哲平がいれば普通にこの現場に馴染むだろう。だが父だったらきっと自分と同じような扱いをされるに違いない。要するに『場違いな人間』。 (我慢、我慢。少しずつ頑張ろう)  夜中におっぱいを求めてぐずる花枝に、和愛は素早くミルクを作って飲ませた。母乳から哺乳瓶のミルクに変えたのは、医師のアドバイスによるものだ。 『第二子が出来ると母乳の成分が変わりますからね。ミルクに替えた方がいいですよ』  いつもなら花枝の気配にすぐに気づいて起きる花月がぐっすり眠っているのを見て、和愛も安心した。  一生懸命ミルクを飲む花枝に囁く。 「お仕事で疲れてるんだよ。お父さんをゆっくり寝かせてあげようね」  心の中でも呟いた。 (お父さん、頑張って! 応援してるからね!)  
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