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ミルキーウェイ
言いっぱなしの俺はやや放置されている。間を持たすようにふぅと一息はいてみた。するとそれを受けてか星乃が話し出す。
「ねぇ翔吾、うすらぼんやりより鮮明な記憶についてなんだけどね、私の語彙力じゃ上手い言葉が見つかんないの。でも、あの時もその時もどの時も確かに記憶に残るものがあって。
それが『恋』だったんだ。
ずっと翔吾が好きだった。
ずっと恋してた」
驚いた俺は気の利いた言葉ひとつも出せないでいる。
「翔吾ってモテモテだったんだよ。私から翔吾に渡してってラブレター持ってくる子がたくさんいたの。私はなんとそれ全部預かったままなのでした。そんなことが実はあったんだよ。ごめんね」
星乃は「せっかく書いた想いだから破り捨てることは出来なかったけど、渡すことも出来なかった」と当時のことを振り返っては謝った。
俺は、他の誰かに可能性を持たすべく離れることを選んだが、星乃は違ったんだ。
「それに今日電話したのはわざとだよ。千葉では珍しく空が澄んでる日なんだって。淀んだ空じゃ見えないものも、今日なら見えると思って電話した」
目的地である50階建てホテルがよく見えてきた。もうかなり近い。俺は道を確認しつつ「何が見えるんだ?」と聞き返した。
「ここのあたり、車停めてみて」
星乃がやや慌てたように言うから、俺は海沿いとなる路肩に車を停車させた。「少しだけ降りよう」と星乃が言うままに、2人で車を降りた。空を指差す星乃が、
「見て、天の川。すごくない? どうしても一緒に見たかったの」
俺も一緒になって顔を上げると、空にぼやぼやと星々が散りばめられている。
「たしかに、すごいな」
しばらく昼も夜も空を見上げた記憶なんかない。見上げた記憶と言ったら……。
「思い出した? 幼稚園の時2人で見たよね。あのとき誓ったこと覚えてる?」
ああ、そういえばあったな。この数十分で幼稚園まで記憶を辿ったか。すごいな俺達。
「うすらぼんやりよりも鮮明に覚えてるよ」
俺は星乃の言葉を借りて返した。
「あはっ、それってずるいよ」
ズルくたっていい。星乃が紡いでくれた記憶を大事にしていきたい。
「とりあえずディナーのラストオーダー間に合わせるか。そのあとに、また眺めよう」
先の時間に予約を入れた俺に星乃が近づく。
「それじゃ、その前に今したいことさせて」
そう言って、背伸びした星乃が俺にキスをした。跳ね上がる俺の心が「もう一度」を求めた。
星乃は「間に合わなくなるよっ」と言ってスルリと躱し、車に乗り込んでいった。
俺は空を仰ぎ見て「これが恋の醍醐味か」と初めての感情をまとい車に乗り込んだ。
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