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着信
幕張新都心には、高級ホテルが立ち並んでいる。
宿泊だけでなく、結婚披露宴会場としての需要も多く、ランチ、ディナーの利用も人気の高い、高級感溢れるエリアだ。
俺は、会社の後輩の女の子をディナーに誘った。
その子には彼氏がいるし、俺に交際する気はない。
相手は誰でも良かった。
営業先の社長からもらったディナーチケットを無駄にしないための策として彼女を誘った。ただそれだけのこと。
ディナーチケットは『天の川を眺めながら最高のひとときを』と銘打った期間限定のチケットだった。
俺は職場から少し離れたところに車を停め、そこで待ち合わせにした。変な噂がたってもいけないので、そうしたのだが、なんだか落ち着かない。
車から降り、側のビルと向かい合う。
ウィンドウに映る自分を見て、うすら笑いがこみあげてきた。
それなりに決め込んだ俺が映っているからだ。なんとなしに髪を整えてみる。
緊張感など持たない指先は、ただ遊ばせているだけのようで、今度は乾いた笑いがこみ上げてきた。
今夜はキレイな月が出ている。
こんな俺を映し出すには勿体無いほどの優しいひかりだ。街灯に負けない月の明かりはくすんだ夜空さえも浄化させているようだった。
それにしても……。
待ち合わせの時間はとうに過ぎている。彼女からの連絡はない。
わりと仲良くしてた子だし、彼氏持ちだからお互い勘違いせずに済むだろうと思い誘ったのだが……。
しかしそれは俺の都合で、彼女の都合は考えてもみなかったわけで、俺のスマホが振動とともに彼女からのメッセージを受信した。
『先輩、連絡遅くなってごめんなさい *_ _)
彼氏に嘘つけないから今夜の件はナシでお願いします (>ㅅ<)
だから、本命の方とどうぞ楽しくお過ごしください( ꈍᴗꈍ)』
ドタキャンだ、まぁいい。連絡をくれただけでも良しとするか。
それよりも本命って……何言ってんだ。
俺はとりあえず返信を打つことにした。
『連絡ありがとう。こっちこそ無理言って悪かったな。本命? そんなのいねぇから一人で満腹食ってくるよ。』
送信を終え、ポケットにしまおうとしたスマホがまた振動した。今度は着信だ。
俺の態度に安心してボイスでのお詫びか?
そんなつまらないことを考えながら画面に目をやると、表示された名前は彼女のそれではなかった。
──っ! 星乃!?
それは、俺の幼馴染み、星乃からの着信だった。
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