19人が本棚に入れています
本棚に追加
いまは七月の終わり、だいたいの高校は夏休み中だろう。夏休み限定でバイトを始める高校生だってそこら中にいるだろう。
しかし、なぜ月斗がバイトなんてしているのだろう? オマエはバイトなんかしているはずないだろう? サッカーはどうしたんだ? 頭の中で次々と疑問がわき続けたが、それを止めてくれたのは理帆の声だった。
「なんかね、いろいろあったみたいよ」
その声で僕はやっと月斗を目で追うことを止めることができた。僕は、まだ腕組みをしたままの理帆を見上げた。
「いろいろ?」
理帆が頷く。
「サッカーのユースを辞めたんだって。で、高校も辞めて、こっちに帰ってきたみたい」
「え……」
少し冷えすぎなぐらいだったレストランの中で、僕は熱中症になったかのように、めまいでも起こしそうになった。
月斗がユースを辞めた? 僕はそれを簡単に受け止めることができなかった。
僕は小学生時代、近所にあるサッカーのクラブチームに通っていた。そこには月斗も通っていた。
月斗のためにチームがあった。あいつがボールを持てば、すべての空気が一変した。
羽根の生えたような軽やかなドリブル、打てばゴールに吸い込まれるようなシュート。月斗がいれば勝てる、誰もが思っていた。その存在感にいつの頃からか僕は圧倒されてしまっていた。
ああ、こんな奴が「天才」なんだ、そう思い知らされた僕は小学校六年になると同時にサッカーを辞めた。サッカー選手も夢の一つに入れていたこともあったが、それ以降、二度と夢の一つに含めることはなかった。
「天才」の名を欲しいままに活躍した月斗は、県選抜選手となり、北信越選抜選手となり、どんどん有名になっていった。中学を卒業する同時に横浜のユースチームに入ることになり、月斗はこの町を出て行った。
あれから一年半。
いずれはプロになるんだろう、僕がそう信じていた飯塚月斗は、プロになるどころか、サッカーをしていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!