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 いまは七月の終わり、だいたいの高校は夏休み中だろう。夏休み限定でバイトを始める高校生だってそこら中にいるだろう。  しかし、なぜ月斗がバイトなんてしているのだろう? オマエはバイトなんかしているはずないだろう? サッカーはどうしたんだ? 頭の中で次々と疑問がわき続けたが、それを止めてくれたのは理帆の声だった。 「なんかね、いろいろあったみたいよ」  その声で僕はやっと月斗を目で追うことを止めることができた。僕は、まだ腕組みをしたままの理帆を見上げた。 「いろいろ?」  理帆が頷く。 「サッカーのユースを辞めたんだって。で、高校も辞めて、こっちに帰ってきたみたい」 「え……」  少し冷えすぎなぐらいだったレストランの中で、僕は熱中症になったかのように、めまいでも起こしそうになった。  月斗がユースを辞めた? 僕はそれを簡単に受け止めることができなかった。  僕は小学生時代、近所にあるサッカーのクラブチームに通っていた。そこには月斗も通っていた。  月斗のためにチームがあった。あいつがボールを持てば、すべての空気が一変した。  羽根の生えたような軽やかなドリブル、打てばゴールに吸い込まれるようなシュート。月斗がいれば勝てる、誰もが思っていた。その存在感にいつの頃からか僕は圧倒されてしまっていた。  ああ、こんな奴が「天才」なんだ、そう思い知らされた僕は小学校六年になると同時にサッカーを辞めた。サッカー選手も夢の一つに入れていたこともあったが、それ以降、二度と夢の一つに含めることはなかった。  「天才」の名を欲しいままに活躍した月斗は、県選抜選手となり、北信越選抜選手となり、どんどん有名になっていった。中学を卒業する同時に横浜のユースチームに入ることになり、月斗はこの町を出て行った。  あれから一年半。    いずれはプロになるんだろう、僕がそう信じていた飯塚月斗は、プロになるどころか、サッカーをしていなかった。
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