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塾には全然集中することができなかった。物理の集中講義だったはずだが、今日はどんな問題をやったのか、頭の中に何も入っていなかった。
その帰り道、僕は中学のグラウンドを目指して自転車に乗っていた。もうこんな日はボールでも蹴って気分を晴らしたかった。
月斗とサッカーに集中してすべてを忘れたかった。
しかし、学校に近づくにつれて僕は失望感に襲われることになった。少し前に見えてきた学校のグラウンドは暗く、明らかに照明はついていなかった。
今日も月斗はいないのだろうか。
グラウンド脇で自転車を降りて、僕はフェンス越しにグラウンドを見渡した。グラウンドは真っ暗だった。少し目を凝らしてみたが、当然、誰の姿もなかった。
なぜ今日も月斗はいないのだろう。
ここ数日、ずっと月斗を見かけない。バイトの残業なんてそんなに連日で続くものなんだろうか。誰かが流行りの風邪でも引いたのか、バイトからの昇格でも目指す気になったのか、僕が何か言ってはいけないことでも言ったのか。
月斗はなぜサッカーの練習を続けていないんだろう。
「いーくーやー」
空気に伝わるような声が聞こえた。僕が右を見ると、白のトップスにベージュのスカートパンツの子が歩いていた。理帆だった。
「理帆」
僕が声をかけると理帆は微笑んだ。また今日も夜道を一人で歩いていたらしい。
「塾の帰り?」
「うん」
「何してるの? グラウンドなんか眺めて」
「今日も、月斗いないんだな」
僕が言うと、理帆は頷き、「そうだね」と言った。
「月斗はまたバイトの残業でもしてるの?」
僕がそう言うと、理帆はほんの少しだけ考えるような素振りを見せてから
「いや、してないよ」
と言った。
「え? 今日はバイトじゃないのか?
「今日は……っていうか、月斗、もうバイト辞めちゃったし」
サラリと理帆は言った。大したことではないとでも言うように。
「は?」
「ここにも当分来ないよ」
「なんで?」
僕は理帆が何を言っているのかわからなかった。バイトを辞めたとはどういうことだ? ここに来ないとはどういうことだ? 何も理解することができなかった。
「月斗はね……いま青森にいるんだよ」
「青森ぃ?」
僕は驚きのあまり自分でも声がひっくり返ったことがわかった。
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