幽霊は面倒くさい。

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 時刻は丁度夕暮れ、誰彼時で霊の類が活発になる時間帯。そして智樹が虚空に話しかけても不自然ではないように酒を飲み始める時間帯。その結果、智樹は酒乱なのだが致し方ない。  満開の桜並木の下をくぐり、智樹は今日も行きつけのバーのカウンターでダラダラと酒を飲み始めた。 「智樹に頼みたいことがあったんだよ」 「ふうん」 「智樹じゃないとできないことなんだよな。なんだっけかな」  その言葉で幽霊が誰なのか、智樹にはおおよそ推測がついた。中高の同級生の松笠(まつかさ)栄市(えいいち)だ。  栄市は労さず儲けようとするタイプで、こすっからいというか小狡いというか、他人を動かして儲けようとするのだ。けれどもその言う事は大抵大雑把で現実離れしている結果、誰も労力を払わないから妙に憎まれない。  智樹には家康の幽霊に徳川埋蔵金の場所を聞いて儲けようぜなどとわけのわからないことをよく言っていた。その時にいつも口癖のように『智樹にしかできないことなんだよ』と主張する。 「霊ってのは記憶力と頭が悪いんだよ、400年も前のこと覚えてられるか馬鹿。それに財宝の在り処を教えろと聞いたって、生きてる人間でも教えてくれるわけ無いだろ」  そんな風に返すのが智樹と栄市の日常だった。そんな風に思い出していると、妙にしんみりした気分になってきたらしい。 「お前栄ちゃんだろ? 何で死んだんだ」 「栄ちゃん? そうそう、そうだった。思い出した、栄市だ、俺」 「な、霊ってのは記憶力が悪いんだよ」  栄市の霊はわずかに人の姿を取り戻す。  自分の姿を思い出したのだろう。珍しい現象だ。普通、霊が失った情報を再度獲得することはない。  霊というものは情報媒体だ。生前に脳が体に蓄積した情報が死んで宙に浮く。ただでさえポロポロと胡散霧消するところを強い意志やら思いやらで何とかまとまったものが霊だ。それゆえ既に取りこぼしたものを再取得することは少ない。だから余程の思いがあるのだろう、そう推測しながら智樹はグラスを傾けた。  栄市を成仏させるには現世に引っ掛かるそのこだわりを(ほど)かないといけない。問題はそれが何か。今のところ見当もつかない。  結局、中途半端に優しい智樹は無視することを諦めた。 「仕方ないなぁ。何があったの? そんで何がしたいの」 「なんだったかなぁ。智樹わかんない?」 「知んないよそんなの。隠し財産でも俺にくれるの?」 「ないない、そんなもん俺が欲しいって。そういえば何か隠した気がする」 「HD(ハードディスク)のエロデータ消してほしいとか?」  以前に別の友人が事故で死んだ時、その霊に頼まれたことがある。あの時もお前にしか頼めないと言われたことを思い出す。  このままでは死んでも死に切れないと言うのでアパートのキーボックスに隠してた鍵で入ってPCのパスワード聞いて削除した。代金に帆船模型もってけむしろ捨てられるのが忍びないというので高いという奴をいくつか運び出して売ったら二束三文になった。 「それとは違う気がするけどそれもお願い」 「忘れてたならもういいじゃん」 「でも思い出しちゃったし、お前のせいだぞ。このままあ死んでも死にきれない」 「栄ちゃんもう死んでんじゃん。仕方ないなぁ」
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