幽霊は面倒くさい。

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 幸いにも翌日は休日だ。  こっちな気がする、という栄市の言葉に導かれて早朝の町を彷徨う。歩みがふらつくのは毎度の飲み過ぎの後遺症ではなく栄市の記憶が曖昧だからだと智樹は頭痛に苛まれながら呻き、1軒のアパートにたどり着く。  よくある古い木造2階建の1階。 「鍵は?」 「俺が持ってる」 「入れないじゃないか」 「裏の窓が開いてる、多分」 「不用心だ」  人がいないのを確かめ急いで窓を乗り越える。室内は散らかっていた。開けっぱで大丈夫かと思ったが、金目のものはなさそうだ。PCにログインするとメール画面が開いていた。妙な広告ばかりだが、昨朝のメールに既読がついていたから栄市が死んだのは昨日の昼から夕方くらいなんだろう。  いっその事という指示通りにHDを初期化するとプツリと手がかりは途切れた。 「悩みでもあったの? そうか病気してたとか」 「そんな記憶ないんだけどなぁ」 「じゃあやっぱ死因は自殺じゃなくて事故か心臓麻痺かな」 「やな事言うなよ。でも俺は自殺しないと思うぞ、多分」 「同意、お前図太いもんな」  栄市は多少鬱陶しいが誰かの恨みを買うたタチでもない。殺されたりもしないだろう。なのに現世にとどまっているのは心残りでもあるのだろうか。そう思って智樹は栄市の散らかったベッドに寝転がり、嫌々ながら聞き取りを始めた。 「したい事とか行きたい場所とか何かないの?」 「そういや今日花見に行く予定だった」 「会社?」 「サプライズで告ろうかと」 「嫌な予感しかしない」  あちこちに散らばる栄市の話からなんとか浮かび上がったストーリーは酷かった。  グループで遊びに行くという体でその女、栄市が名前を思い出せないから仮にAとする、そのAを近所の観光スポットの逆城(さかしろ)神社に呼び出して、みんなはドタキャンになったと告げる。それでせっかくだから観光しようと誘う。逆城神社は参道沿いに店が立ち並んでいて、梅林が有名な庭園や綺麗な池があったり何はなくとも半日は潰せる。  それで最後に神社奥の大きな桜の木の前で告白する。その桜の前で祈れば願いが叶うらしい。 「桜の下とか何のゲームだよ。酷いの一言に尽きる」 「そうかな」 「……逆城神社に桜なんてあったっけ」 「奥の方にあった」  栄市は何かの本で昔ここに隠れ村があると読んだから、財宝でもないか探しに行ったらしい。  けれどもそれなら八方塞がりだ。栄市の引っ掛かりがそのAとやらへの告白なら、もうどうしようもない。なにせ既に栄市は死んでいる。 「諦めろ」 「嫌だ。気になる」 「鬱陶しい」 「それに放っといたら俺の嘘がバレるじゃん」 「嘘?」 「その子が一緒に行く予定のやつに電話したら嘘ついてたのがバレる」 「屑だな」  智樹は栄市の物理的にぼんやりした姿を眺めながら、栄市が引っ掛かってるのは告白でもなんでもなく嘘バレかと検討をつける。小さな嘘など死んだ以上どうでもいいはずだが、こだわりは人それぞれだ。  だから智樹は嫌々ながら、栄市の代わりにそのAに声をかけることにした。 「その女と話してもいいけどな、今後俺に付き纏わないことを条件だ」 「なんだよ友達がいがないな」 「お前はもう死んでいる」  智樹にとって幽霊というものは既に過ぎ去った過去なのだ。
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