記憶の中で

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 萩山淳吾は武道館からでた。すっかり日はかげっている。手のひらを確認する。先輩はすぐに慣れるといっていたが、淳吾はまだ練習後に痛む手のひらを確認せずにはいられない。小学校のころは見当たらなかったまめが手にいくつもできている。また内側に水がたまっているまめがあった。淳吾は安全ピンと消毒液が自宅のどこにあるか思いを巡らせた。その最中教室に忘れ物をしたことに気づく。他の部員に別れを告げて、一人校舎へ向かう。宿題に使う教科書が机に残っているはずだった。幸い校舎の戸がまだしまっていない。吹奏楽部の本番が近いと聞いた気がしたからそのためかもしれない。普段は文化部の方が運動部よりも先に帰る。そのお陰もあって、無法地帯と化している駐輪場も淳吾が帰る頃には多少取り出しやすくなるくらいには自転車の数が減っている。しかしながら、ここ数日自転車がかつて部活に入る前のころのごとく容易には取り出せない環境の場面に出くわしていた。武道館は通路沿いに校舎の東側に接している。通路に点々とある明かりをたどり校舎を進む。 「淳吾か?」 中村涼太が後ろから声をかけてきた。 「中村か」 「どうした?」 「忘れ物」 「へえ」 「お前は?」 「しくじった」 涼太が片足をあげると、血が見えた。 「うわ、痛そう」 「擦り傷は擦り傷なんだけどな」 涼太の傷口から流れた血が彼の靴下まで赤く染めていた。 「どうしてこんなに」 「まあ、運悪く」 「涼太くん」 通路から女子生徒が声かけしてきた。 「小倉さん」 「誰?」 「女子テニス部の子」 「保健室開けてもらえたよ」 「わかった、すぐいく」 「またな淳吾」 淳吾は手をあげて挨拶した。自分がなんだか手のひらのまめ程度で悩んでいたことが恥ずかしく思えた。暗くなった中庭の花壇に芽がでてきていることに気づいた。 淳吾が教室の引戸を開けるとそこには人影があった。 「淳吾くん」 西宮すみかが自分の席についていた。 「あれ、西宮さんどうしたの?」 「忘れ物。淳吾くんは?」 「ああ、僕も。宿題?」 「そうそう。奇遇だね」 「確かに、そもそも吹奏楽部は普段から帰るの早いしね」 「なにそれ、」 「え?」 「運動部の方が頑張ってるってこと?」 「違う、違う、ごめん」 「わかってる」 西宮すみかは慌てた淳吾をみてけらけらと笑う。その表情は明るくて楽しげだ。 「淳吾くんはさ、以外と真面目だよね」 「どういうこと?」 「普通部活帰りに宿題のために忘れ物を取りに戻らないよ」 「いや、そうしたら西宮さんもおかしい」 「おかしくて言ってるんじゃないよ。感心しているの」 「君こそ上から目線じゃないか」 「違う違う」 今度は二人で笑いはじめた。 「ねえ淳吾くん、一緒に帰ろうか」 そう言う西宮すみかの目の印象的なことといったら淳吾の知るものではなかった。
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