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なんなんだこいつはいきなり。命令ってお前は何様なんだぁぁ~! って叫ぶのを止められたのは奇跡。俺は信じられないものを見るように男を見る。
関わっちゃいけない、そう本能が警鐘を鳴らすけど、俺は首根っこを掴まれて逃げられない状況に陥る。
「俺には無理です……」
「自由がない、哀れな俺をここから救ってくれ」
「自由がないって?」
「俺にはいつもボディーガードがついてて、自由に出歩くことも出来ない」
悲し気に瞼を落とした男は、自分の好き勝手に何かをすることが許されないのだと、声を落とした。それってもしかして、お坊ちゃまってことだよな。しかもかなり上層部、政治家か、大統領関係か? 大富豪? 確かにこんなホテルを利用しているくらいだ、金持ちで間違いはないけど、ボディーガードがつくなんて、どれだけ高貴な人なんだと、俺は恐れおののいて、目を白黒させた。
「一日だけ、いや半日でもいい、自由に遊びたいんだ」
苦痛に顔を歪めて、男は絞り出すような声でわずかな時間でいい、外を見たいと声をだした。その声が、その表情があまりにも切なくて、俺は何か手伝えないかと同情してしまった。
「ちょっとでいいのか?」
「ああ、少しでいい。外の世界を見たい」
「ほんとに少しだけなら」
ホテルの周りの街中を少しだけ散策するくらいなら、怒られないよな、と考えた俺は、男にちょっと待っててというと、館内に戻る。
何か身を隠せそうなものがあれば連れ出せると、俺は必死にホテル内を探って、ちょうどいい物を発見した。
それは、使用済みのシーツやタオルを回収する大きなワゴン。
これならいけると思った俺は、急いで庭園に戻ると、
「えっと、……」
名前を呼ぼうとして声を詰まらせた。そういえば聞いてなかったと。
それを悟った男は、はにかみながら、
「アデルだ」
と、教えてくれた。
俺はアデルの手をとると、周りを気にしながら引っ張る。そして、さっき見つけたワゴンに入るように促し、シーツやらタオルやらでアデルを隠すと、掃除の人に扮するため、俺も頭にタオル、そこらへんにあったエプロンを身に着けて、申し訳ないとは思ったが、ワゴンを少々お借りした。
従業員が多数いる現場で、みんなそれぞれ自分の仕事に精をだしているため、俺も自然にその中に溶け込め、裏口まで案外すんなり来ることができていた。
なるべく人気のない場所まで運んだ俺は、周囲に誰もいないことを確かめると、アデルに声をかけた。
「たぶん、もう大丈夫」
「出てもいいのか?」
「うん、大丈夫」
俺が返事をすれば、アデルは息苦しかったと顔を出す。そして、俺たちはこっそりとホテルを抜け出した。
「外だ、外、外だぞ!」
アデルは俺の両手を掴んで、飛び跳ねる勢いで盛大に喜んだ。
俺にとってはいつもの街並み、アデルにとっては初めての街並み、キラキラとさせた眼差しで辺りを見回す姿は、子供みたい。
「これをやる、俺をもてなせ」
そういって手渡されたのは、財布? めちゃめちゃ大きい財布は、厚さも半端ない。
俺は恐る恐る中身を確認させていただき、思わず財布を落っことしそうになる。見たこともない金額のお金が……。
それも全部ピン札、札束のまま。
「無理無理、こんな財布持ち歩けないって」
「足りないのか?」
「多すぎるんだよっ」
街中をちょっと散策するのに使う量じゃないと、俺は反論するが、アデルはそこに案内料も含まれるから、好きなだけ使っていいと言ってきた。
そして、財布を突き返した俺の腕をとって歩き出した。
「時間がもったいない、行くぞ陸」
「え、ちょっと、財布受け取れよぉ~」
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