お届けにあがる

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 たとえ3駅とはいえ、朝の満員電車の中にあんな嵩張る代物を持ち込むことに抵抗がなかったわけでもなく、でも、そうかといって次の当番先に届けてから出勤するとなると電車を2本遅らせてしまうことになるから、それもまた厄介な話ではあったのだ。  2本後の電車にするとなると、下車してから職場までの道のりを走り続けなければならないだろうことは容易に予測がついたからだ。  どちらを選らんでも一長一短というところではあったが、小学校の郊外委員から配られたばかりの1学期分の当番表を見る限り、私の当番はなぜか7月に偏っていた。  出勤前に暑さの中を走らなければならないのかと思うとげんなりしてしまった私は、結局、翌朝の当番に間に合いさえすれば支障がないわけで――というところに思い至り、最終的には、満員電車で持ち運び、仕事が終わってからの夕刻に、(くだん)のブツを届けるという選択をしたのだった。 「今、村田さんから電話があって、まだ旗が届いていないらしいんだけど、真野さん、届け先、ちゃんと確認した?」  使い始めてまだ半月もたっていないピンク色のランドセルを横目に、ふっと短いため息をつきながら、スマホから聞こえてくるしゃがれた声に耳を傾ける私。 「新入生のお母さんの中には、間違って届けちゃうとか、初めのうちはけっこうあったりするのよ」  郊外委員の作本さんから電話がかかってきたのは帰宅して間もなくのことで、午後6時を少しまわっていた。  5時に仕事を終え、3駅電車に乗って最寄りの駅で降り、スーパーで買い物をしたその足で娘の美佳を放課後児童クラブに迎えに行ってから帰宅するとだいたい6時頃に家に着くのだが、今日は村田さんのマンションに旗を届けるという用事があったので、若干遅くなったのだ。 「今からほんの10分ぐらい前のことですが、村田さんのマンションに確かに届けましたが……」  私は棚から引っ張り出したファイルを広げて『登校パトロール当番表』に添付されていた住宅地図に視線を落としながら答えた。 「おかしいな? 村田さん、届いてないって言うんだよね……」  そう言われても、私は間違いなく村田さんのマンションに届けたのだから困ってしまう。
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