お届けにあがる

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 村田さんの住むマンションは10階より高くありそうな大きめのマンションで、我が家と違って分譲マンションのようだった。入口はオートロックだったので、とりあえずエントランスから村田さんの住む606号室のチャイムを鳴らしたのだが不在だったらしく応答がなかった。  どうしたものかと思ってきょろきょろしていると、管理人室のガラスの向こうにいる白髪の男性と目が合った。  すぐにガラガラと鈍い音を立ててガラスが横に動いた。 「みなさん、そこに置いて行かれますよ」  黄色い旗を持って戸惑っている私を見て察知したのか、マンションの管理人が指で示しながら声をかけてくれたのだった。 「――そういうわけで、エントランスの集合ポストの脇に立てかけておいたのですが」  何のかんの危惧しつつもきちんと経緯を話せば一件落着するはずだ。私の頭の中では勝手にそんなふうに話がまとまっていたのだが……。 「旗は基本的にね、自分の当番が終わったら、朝のうちに次の当番先に届ける決まりになっているから。あ、マンションだったらエントランスじゃなくて、きちんと各部屋まで届けないと。現に村田さんのマンションには、明智小に通っている子、けっこういるのよ。だから、じかに届けてもらわないといろいろ混乱するからね」  どうやら私の見積もりが甘かったらしく、作本さんのしゃがれた声が耳の奥にチクチク響いた。 「でも、管理人さんが、みなさん、そこに置いて行かれますよって言ってましたし」という言葉が一瞬、喉元まで出かかったが、私はぐいっとそれを飲み込んだ。  今年からルールが変わったのかとたずねようかとも思った。が、その質問もまた、どうしてか唇の内側に留まっていた。  そもそもそんなルールがあるのなら、当番表に明記しておけば済む話なのにそれがないということは、つまりはそういうことなのだ。 「ああ、そうだったんですか」  曖昧に相槌を打ちつつも、私の脳内には「ああ、またいつものあれね」という、ほとんど確信に満ちた感想がテロップのように流れて、何事もなかったかのように跡形もなく消えていったのだった。
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