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二〇××年 七月×日 くもり
その日は、くもり空だった。プールバッグを蹴りながら、ぼくは学校とは反対側へ向かって歩いていた。
ぼす、ぼす、ぼす。
ぼす、ぼす、ぼす。
ずっとうつむいていた。太陽がないから、道ばたの草や花も元気がない。だから、ぼくも元気がない。雨はもっときらいだけど。
せまい車道にくっついて、たくさんの家が並んでいる。あそこはちぃちゃんのお家。あっちはクラスで一番身体が大きい、がっくんのマンション。たしか、おーとろっく、ってカギがついているんだって、自慢していたっけ。
ぼす、ぼす、ぼす。
ぼす、ぼす、ぼす。
なんだか静かで、ぼくは口をきゅっととがらせながら、やっぱりうつむいたまま、白線の上を歩いた。と、話し声が聞こえて、ぼくはあわてて電柱のかげに隠れた。
「それで二丁目のハセガワさんの娘さん、女の子を連れて来たんじゃって」
「ええ⁉ なんでまた。あん子、美人じゃが」
「じゃろ。彼氏なんていくらでもできるでしょうに。わからんねぇ」
ぼくはそろりと顔をのぞかせた。知らないおばさんたちだ。知らないけれど、きっと大人はぼくを見つけたら、捕まえようとする。ぼくはおばさんたちより速く走れるから、すぐに逃げられるけど、もし学校に電話をされたら、ぼくはとても困ってしまう。まわりを見回して、ぼくは家のすき間にある塀を見つけた。近くのブロックを踏み台にして、塀に手をかけて、よじよじと登る。できるだけ、しずかに。それからそっと塀の上に立って、猫みたいにゆっくりと歩き始めた。おばさんたちはぼくに気付いていない。にしし、と、ちょっと得意げに笑って、ぼくは進んだ。
アスファルトの坂を上がって行くと、少しずつ街の身長は低くなる。ぼくの身長が高くなったみたいで、わくわくした。なのに、街はとても静かだった。
たとえば、今が放課後だったら、追いかけっこをする声があるし、高校生くらいの大人のお姉さんたちが、「わやじゃ、わやわや」「脳ミソちばけとる」って、甲高い声で笑っていたりする。近くには中学校と高校があるから、ラッパの音がするし、「あ・え・い・う・え・お・あ・お」なんて、大きくて変な声も聞こえる。ばすん、ってボールがミットに吸い込まれる音だって聞こえてくるし、大きな身体のお兄ちゃんたちが、みんな泥だらけで走っている。
けれど、いまはみんな勉強している時間だから、すごく静かだ。お母さんがぼくを叱っている最中に、ぼくの返事を待って、じっと黙っているときみたいで、なんだか居心地が悪い。
ピー!
笛の音が聴こえて、ぼくは振り返った。けれど、それは気のせいだった。ぼくはプールバッグを抱えて、いそいで走っていった。
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