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小学校の教室よりひとまわり小さいくらいの部屋の床全体に、もとからだったのか年代を経てこの色になったのか、燕脂を基調とした複雑な模様の分厚い絨毯が敷きつめられている。
右側の壁には大きな窓。左側はフレンチドアというのか、扉になっているらしく、そのまま庭を突っ切って玄関まで歩いていけるようだ。今はそのどちらにも黄ばんだ薄い白無地のカーテンが降りている。両端に寄せられた厚手のカーテンは、かなり色褪せてはいるけれど、やはり深い赤地のゴブラン織り。
そして右側の窓を背にして、僕がこれまで見たなかでいちばん大きな書斎机が、こちら向きにどっかと据えられていた。先輩と僕のふたりがかりでもこいつは動かせないだろうと思った。僕が今働いているイタリアンレストラン『ヴィコロ』のオーナーである太郎店長の机より大きそうだ。
突然、先輩の祖父、由恵さんの父親の顔が僕の頭に浮かんだ。もちろん写真も見たことがないから、完全に僕の想像の産物だ。
机の向こうの革張りの椅子に座り、あの心地よさそうな幅の広い肘掛けに腕を預け、書類を手に、むつかしい顔をしたおじいちゃん。無口だけれど、娘ふたりには甘く、孫たちにはもっと甘い、鼻の下にチョビ髭なんか生やしているかもしれない老紳士。
たぶん実際は違ったのだろうけれど、僕のなかの富樫氏はこれでいいと思った。気づけば頬が緩んでいた。
「ここって、お祖父さんの書斎、ですか」
「書斎、兼応接間、ってとこかな。伯母ちゃんたちも応接間って呼んでる」
「赤が好きだったんですね」
「じいちゃんというより、ばあちゃんが、だろうな。で、ほら、これ」
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