Day 1 : 1

5/10
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
 そして、運転する恵美さんの鋭角からの横顔とミラーに映る笑顔を盗み見ては、ぽかんと勝手に開いていた口がさらにより一層あんぐりとなる現実が、その直後に待ち受けていた。  目的地に到着したのだ。今ふたりが暮らしている、先輩のお母さんの実家だ。  幹線道路から少しはずれて停まった車から降りた僕の目にまず最初に飛び込んできたのは、ひと抱え以上もある、岩と呼んだほうがふさわしいような石ばかりでできた、胸までの高さの石垣にカイヅカイブキの生垣。  年代を感じさせる黒ずんだ木の玄関扉は、アメ車が悠々と通り抜けられるだろう幅の観音開き。  左隣には人ひとりが抜けられる通用口。  その向こうには、小学生時代の体力測定の50メートル走を思い起こさせる長さで石垣が続いている。  目を玄関へと戻してみれば、僕の背よりずっと高い門扉の上に、立派な松の枝が、俺を見ろ、とばかりに張り出している。  見越(みこ)しの松、っていうんだっけ、と呆然と見あげていると、 「イチ、こっちやぞ」と、先輩の声がした。  僕の荷物を肩から下げた先輩が通用口の前に立っている。  恵美さんはまた車を発進させてどこかへ行ってしまった。 「ガレージ、ないねん。近くで借りてる。昔の家やからなあ。使い勝手が悪い悪い」  なんと返事をすればいいのかわからなかったので、無言で先輩に促されるまま小さな通用門をくぐった。  大扉の門柱には墨痕鮮やかな『富樫(とがし)』という表札がかかっていたが、こちらにはローマ字の『HIGASHI』のおしゃれな札がぶら下がっていた。  敷地内に入って、また僕の足が止まった。ぽかんと口が開いたのは言うまでもない。  正門前からは大きな、そして通用口からは小さな飛石が導く先にあるのは、たしかに先輩の言った『木造平屋建て』ではあった。あるにはあったが、これをそう(ひょう)していいものかと、僕は疑問しか抱けなかった。  こうして僕は、ひょっとしたら戦前は『富樫様のお屋敷』とかなんとか呼ばれていたかもしれない純和風豪邸の、大きなガラス戸を隔てて廊下と中庭が見渡せる客間で、あんぐりと口をおっ広げて、欄間の鳥の品定めをすることになったのだった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!