Day 1 : 1

6/10
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
 部屋の奥、(とこ)()の前では、小さなラグの上で石油ストーブがかすかな音ともいえない気配を立てている。 「お茶飲んで落ち着いたら、家のなかを案内するわ。夜中にトイレに行って、迷ったりしたら大変やろ」 「迷いようのない家にしか住んだことないんで、お願いします」 「見納めや」 「見納め……?」 「うん。この家、もうすぐ壊す」 「え、え……、嘘、なんで。こんな立派な家」 「立派か知らんけど、もう築80年以上や。あちこちガタピシ言うて、隙間風ぴいぷう。山陰の冬をナメたらあかん。温暖な気候に慣れてる関西人には厳しい厳しい。しかもこの人、もっと温暖な、四国は南国高知出身」と、先輩は恵美さんを指差す。 「5回くらい、凍死するかと思った」 「俺があたためてあげますやん」 「頼むわ。今度、蘇生法、教えとく」 「今夜、イチで実習しよか」 「いえ、僕は遠慮しときます。ところで、この家、敷地ってどれくらいあるんですかね」 「ああ、たぶん千坪かな」 「せ、千……坪……」 「大阪と一緒にするなよ。でもここらでも土地はじわじわと上がってきてる。だからこの機会に売る」 「え、え、じゃあ、先輩たちはどこに……」 「全部は売らへんって。俺らの住むとこなくなる」  笑って否定し、説明してくれた。  富樫の姓は由恵さんのお姉さん、つまり先輩の伯母が婿養子を取って継いでいる。姉妹の父親、先輩にとっては母方の祖父にあたる富樫氏は、地元で小さな商社を経営していた。伯父となった人はそこの社員で、富樫氏が亡くなったあと、会社経営も引き継いだ。  伯母夫婦には息子もいるが、東京で就職し、松江に戻ってくるつもりはなさそうだ。今後のことを考えると、この家はどうにも生活しづらい。広さだけのことではなく、常にどこかに修繕が入っているのが現状だ。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!