34人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
たとえ富樫の姓ではなくとも、血縁者がここに住んでくれると嬉しい。そう言って、伯母さんはすぐさまこの土地の分筆、名義変更をすませてしまった。富樫氏の死後、土地も会社も自分たちが受け継ぎ、妹に相続を放棄させた形になってしまったことを負い目に感じているのではないかと、先輩は言った。
「それにな、自分の息子には千坪なんて土地を相続させたくないってさ」
「なんで……。あ、ひょっとして、税金……」
「そう。じいちゃんが死んだあと、大変だったらしい。詳しいことは俺はよく知らない。でもあんなのはもう二度といやだってさ。だから、ここの半分は、もう俺のもの」
子どもっぽく笑う先輩に、僕は、すげえ、としか返せなかった。
「でもなあ、俺も五百坪なんて、いらんねん。百でも多すぎるくらいやって、エミちゃんと言うてる。まだちゃんと決めていないけど、半分以上は売るかなあ。それで新しい家を建てる。でないと、俺、完全にヒモ」
おどけて首をすくめ、小声で僕に向かって言ったが、たぶん先輩は仕事なんかしなくてもやっていける。裕福な東家からの援助もあるだろうし、松江にいれば、富樫家も何かしら生活していく術を考えてくれることだろう。
本人もそれを承知のうえで、甘えるところは甘え、自分ひとりで、いや、ふたりで自立できる範囲を考えようとしている。そのバランスの取り方を、やっぱり僕は、多少の羨望とともに、好もしいと感じた。
「授業料も払わないといけませんしね」
僕も調子を合わせた。
先輩は4月から地元大学の教育学部の2年に編入する。当然だが、ちゃんと試験も受けた。電話で話した時に「英語読むより音符読むほうがよっぽど速い」とこぼしていた。
恵美さんはこっちに引っ越した翌日から、車で10分という近さにある総合病院で外科の看護婦として勤務しはじめた。
「学生生活は3年しか認めない。何か問題を起こしたら、わたしはさっさと大阪か高知に帰る」
恵美さんは『何か』を強調して言った。女性問題でしかあり得ない。
ふあい、とわざと唇をとがらせて言う先輩を微笑ましく感じながら、気になっていたことを質問した。
最初のコメントを投稿しよう!