僕と彼女は月に住む

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『わたしは今、月に住んでるの』  せれなはよくこんなことを言う。彼女のいる白っぽい部屋の、その隅に写り込んでいる窓の外は明らかに地球の空なんだけど。 「月なんて、何もないところだろ」  重力も低くて空気もほとんどない、ゴツゴツした岩場ばかりの場所。僕らが習ってきた月とは、そんな所だ。 『そんなことないよ』  せれなは何故か自信満々だ。 『ここにはウサギ達がいっぱいいて、お餅をついてくれるの。とっても美味しいんだよ。かぐや姫がいるとっても大きい宮殿があったり、ヒキガエルになれる美人の仙女さんがいたり、桂の木をひたすら切ってる人がいたりするの』  それは単なる伝承だ。日本とか中国とかに伝わる、おとぎ話や伝説だ。でもせれなは胸を張って、彼らと会ったと言い張る。  せれな、せれな。月にはウサギはいないんだよ。だけど僕は、すんでのところでその言葉を飲み込む。そんな言葉は、全くの無意味だとわかっているから。彼女にも──恐らくは、僕にも。 『地球ではお月見をするけど、こっちでは地球見をするの。ウサギ達や、よその星から来た宇宙人さん達と一緒にね。意外とね、宇宙人さんとかいるのよ。みんな地球の人達に見つからないように隠れてるの』  彼女は夢見る瞳で言葉を続けた。 『知ってる? 地球から見た月は太陽の光を浴びて光ってるけど、月から見た地球も太陽の光で光ってるのよ。青くてとても綺麗なの。わたし達は、それをみんなで見るの。ウサギのお餅を食べながらね』  ああ、せれな。地球の美しさを語る君の瞳も笑顔も、多分それ以上に輝いてるよ。でもね、せれな、地球は多分、月から見るほど綺麗ではないんだよ。  僕は映像を停止させ、モニターのスイッチを切った。空を見上げる。目の前にあるのは透明なドーム、その向こうにあるのは無機質な星空と──地球。  そう、今僕のいるここは、月面だ。
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